第996話 空色
「ソラ専用の動画製作チームが出来たぞ!」
「おお……凄い!って、ミア様っ!?」
「ソラ様、久しぶりね!エルーちゃんも元気してた?」
編集や撮影用に専用の部屋まで用意された。
僕達の天使の羽を物珍しそうに触ってくるミア様は本能的に気になるのかもしれないが、「では私は尻尾に触れますね」とカウンターをくらうと、「ごめんなさい」と謝っていた。
どちらにもなったことがある僕からすると、尻尾と羽は似たようなものだ。
そういえばエルーちゃん、学園の朱雀寮で発情期に獣人全員を食ったとか言ってたけど、その関係は一時的なものだったんだろうか?
まぁ獣人的には生理現象だし、そういったサービスを受けているものだと思う人も多いのかもしれないけど。
「一家に一台エルーちゃん」とか言ってた気がするし、その味を知ってしまった後に我慢できるのだろうか?
いや、藪をつつくのはやめておこう……また据え膳アタックを食らいそうだし。
「ごきげんよう、ミア様!しかし、広報部隊のエースが編集室を抜けても大丈夫なのですか?」
「私はソラ様のコネでここに来れたようなもんだからね。ソラ様のためになるようなことがしたくて、企画班にねじ込んでもらったの!」
何故か聖女達にファンが多い前世の僕のチャンネル『そらいろちゃんねる』だが、その動画は全て自分で撮って自分で編集していた。
前世では一人で作っていたが、やはり一人で全部やるのは時間も労力も半端なく必要だ。
こうして協力者が出てきてくれるのは有難い。
「……ん?でも、別にやりたいことなんて……」
「ソラ様。やはり皆様、『そらいろ』の復活をご希望なされているのではございませんか?」
「そう、なのかなぁ……」
あのチャンネルにあまりいい思い出もないんだけどな……。
ただ僕が女装して視聴者さんに媚を売るだけのチャンネルにどうしてあれほどお金を落としてくれるひとがいたのか正直わからない。
でもそのお陰で生き永らえてこの世界に降り立ち、結果的に幸せになれたのだから、今度は僕が返す番なのかもしれない。
「別に前と全く同じことなんてしなくてもいいだろ?お前がしたいことをすりゃいいんだよ」
「したいこと……」
パパの助言をもとに、むむむ……と頭をこねくりまわす。
「そうだ!こういうのはどうかな?」
「はい、皆さんごきげんよう!そらいろチャンネルです!このチャンネルでは私奏天がいろいろなことを体験してみるチャンネルとなっております!」
教育番組とかじゃないけど、僕なりに皆さんの役に立てることがしたかった。
「今日は第一回ということで、聖女院のメイドさんに、メイドさんのお仕事について詳しく教えていただこうと思います!」
以前セインターで聖女院のお仕事を聞いて回るようなことをしたけれど、その本格的なことをしてみたかった。
「今日はこの三人に来ていただきました。エルーシアちゃんと、シンシアさんと、メルヴィナお姉ちゃんです!三人はそれぞれ聖女院と王家と貴族に元々所属していて、私が引き抜いたんです。まず、メイドさんって一般的にどこが就職先なのでしょうか?」
「先ほど挙げていただいた以外ですと、裕福な商人とかでしょうか。私も公爵家に入る前、一時期商家にお世話になったこともございます」
まず動画の初めはどのような仕事内容なのか聞くパート。
メイドさんという職業はこの世界では一般的かもしれないが、動画を見ている人全員がその仕事内容まで知っているわけではない。
貴族なら「掃除や洗濯してるんでしょ?」くらいの知識はあるかもしれないがそれだけだし、子供の場合はメイドさんそのものを知らない子もいるかもしれない。
だからみんな知ってるようなことでも細かく聞いていくことで、まず視聴者さん達の知識レベルを同じところまで底上げするのだ。
「それぞれで何か仕事内容や振る舞いが違うことってありますか?」
「一番分かりやすいのは、マナーの厳格性ですね。商家ならユルいもので、メイドの先輩後輩でも気さくな方々が多い印象ですね。対して貴族家以上に仕えるのなら貴族のマナーが必須となります」
「王家になると更にマナーは厳格になりますね。そのため基本的に王家の愛人でもなければ平民や子爵家男爵家は入れず、最高のマナー教育を終えた高位貴族の次女三女がメイドを勤めることがほとんどです。禁則事項を行うだけで一発で王宮を追い出されることもありますが、王家や権力者に気に入られていると多少失敗しても許されることがあります。しかし過度に目立つと出る杭は打たれます」
「王家は上下関係はとくに厳しいと聞きますね。親の爵位でメンコバトルをしているようなものです」
「ぷっ……ふふっ」
エルーちゃんが吹き出した。
「ふふっ、メンコバトルって、こっちの人に通じるんですか?」
「まぁ、平民でないと通じないでしょうね……」
逆に平民なら通じるのか……聖女が広めたのか?
メルヴィナお姉ちゃん、録画中だからって面白いこと言わないで欲しい。
「王宮メイドはストレスが溜まる職業かもしれませんが、心に余裕があるのでしたら下の身分の人はいじめちゃ駄目ですよっ?いろんな人から怨みを買って、それが溜まりに溜まると自分に帰ってくるんですから!」
「そうですね。上の身分のものこそ心に余裕を持って下の人を守れるようなメイドこそメイドの鑑と言えましょう」
「そもそも爵位を持っている人は自分が国や民の皆さんのために働いたり平穏を築いたから敬われるのであって、その子孫はまだ成し遂げていないのです。爵位が人を作るのではありません、皆に認められた人が爵位を得るんです。皆さんはまだ何も認められるようなことをしていないうちに親の爵位でメンコバトルはしないようにしましょうね?」
ここで教訓めいたことを挟んでおくのも、きっと誰かのためになることだろう。
「また、絶対に王家から口外しないという秘匿性を重んじると思います」
「でもその分、お給金は一番高いですからね。王宮メイドというだけで男爵家よりは稼いでいるかもしれません」
「では、聖女院は?」
「ここは入れれば楽園ですね。お給金は王宮メイドとも比べ物になりませんし。身分は捨てないといけないので貴族の方々にとっては慣れないかもしれませんが」
「そのお陰で聖女様関係者以外は身分の差などございませんから伸び伸びとお仕事ができますし、聖女様は何よりお優しいですからね。こうして目の保養にもなりますし」
僕はともかく、皆さん美人だからなぁ……。
「ここは皿を割っても誰も怒りませんね。ただ倍率はあり得ないほど高いので、入るのは至難の業でしょうね……」
確かに全国から来るから、コネでなければ入るのは厳しいだろうね。
エルーちゃんや東子ちゃんは、本当に凄い。
「商人の場合、商品のターゲット層でも違うと思うのですが、平民向け、貴族向け、大衆向けに販売をしている場合それぞれでメイドさんの仕事内容も変わったりするんですか?」
「いいえ。貴族はお買い物にも侍女や侍従を連れていきますから、その方々が直接お着替えや荷物を管理します。襲われる危険性もございますから、接触は最小限にするのが商人としての対応です。ですからメイドが直接お客様の応対をすることはございません。主に裏方ですから、仕事が出来れば作法はあまり気にされませんね」
「ただ下位貴族や商人など、下の身分になればなるほどオーナーの資金が減りますから、雇えるメイドが少なくなり、一人で掃除や洗濯、果てには炊事まで任されるようになります。逆に貴族家の場合、掃除なら掃除と一つの仕事に特化して雇うことが多いですね」
「器用貧乏なら商家のメイドを目指し、職人気質なら貴族家か聖女院を目指せということですね」
「なるほど、勉強になりますね!」
「では早速、実際にランドリーメイドさんのお仕事、お洗濯の業務をやってみましょう!よろしくお願いします!」
全属性の魔法が仕える僕なら、ほとんど全てのことはできる土俵にまでは立っている。
だからこそ僕の役目は実際に体験し、そのお仕事の疑問や大変さを直に届けるのだ。
「よぉーし、『ウォータークリーン』!わあっ!?タオルが、ずぶ濡れになっちゃった……」
別に体験することは上手にしなくてよくて、むしろ失敗することの方がいい。
今回は僕はわざと間違えたように振る舞う。
「乾燥、乾燥だから火魔法……わっ!アチチ!」
「火魔法で乾かすのでは燃えてしまいますから、風魔法で水分を飛ばすか、水魔法で衣服についた水を別の場所に集めるんですよ」
「なるほど……よく考えられているのですね」
「ふふ、私も初めはそうなりましたよ。そういうお方のために、今は洗濯も乾燥も魔道具を使うんです。これならどの属性の人でも使えますし、何より失敗しませんから」
「そんな便利なものがあるんですね!」
ありのままやってみて、その仕事の大変さや苦労すること、便利なアイテムを知る機会を得る。
そして便利なアイテムが広まれば、その職に着く人たちの負担も減るだろう。
それも大切な学びの場だ。
「前世で洗濯物を干すと自然乾燥だと4時間くらいかかりましたが、それをものの数秒で洗って乾かすことができるランドリーメイドさんは凄いですね!まさに時間をお金で買っているようです」
「とくに聖女院は数千人もの従業員や聖女様の関係者がいらっしゃいますからね。時間もかけられませんが、何よりその洗濯の質も求められます」
「大変なんですね……。いつも当たり前にやってくれていますが、私達は毎日感謝しないといけませんね。本日はメイドさんについて色々と教えていただき、ありがとうございます。最後に、メイドさんにとって一番必要なのはなんでしょう?」
「コネ、ですね。私がここに来たのもコネでしたから」
「ちょっ、シンシアさん!ぶっちゃけすぎですよ!」
「あははははっ!」
「ですが、エルーシア様のように努力で選ばれる人もいらっしゃいますよ」
「そんなエルーちゃんにとって、メイドとは?」
エルーちゃんは、太陽のような目映い笑顔でこう言った。
「素敵な人を間近で支えることができる、数少ない職業だと思います!」