第992話 分娩
「がんばれ!がんばれっ!」
「ンモオオオオオオ、ンモオオオオオオ!」
「もう少し!」
「あと少しだ!」
「踏ん張れ!」
休日として西の国の聖寮院にわざわざ来た理由は、牛の分娩、つまり出産に立ち合うためだった。
聖寮院セイクラッド支部では元々孤児院だった頃に飼っていた牛をそのまま引き継いでおり、それを育てるために牛の飼料のための畑を作るくらい本格的に牛を育てている。
どうやらセイクラッド支部では牛から取れる牛乳や乳製品で生計を立てているらしい。
だから孤児達がきちんと牛を飼えるように農家を講師として何人か雇ってもらっている。
飼料の育て方や管理方法も含め、西支部に行けばそういったものが学べるようになっている。
もちろん基礎的な知識に関してはどの国でも学べるようになっているが、アドバンスドコースとしてそれぞれの国独特の職業に合った知識をつけられるようになっているようだ。
南の国なら狩り、東の国なら野菜や果物、北の国なら服飾などのアクセサリーがメインだ。
こうしてワープ陣を使って各国の孤児院の子達と宿泊研修のようなことをし、そこで学びや出会い、それに自分の好きな職業を探す役にも立っているらしい。
お産は魔法になるべく頼らない。
あまり魔法に頼っているといびつな形での産み癖が遺伝子として引き継がれ、骨などの身体の構造が子を産みづらいまま遺伝してしまう可能性があるからだ。
「せめて精神的な苦痛を柔げられたらな。こんな時、エルーちゃんがいれば……」
「エルーシア様に、毎回お願いするつもりですか?」
「冗談だよ。それくらい今の私に何もできることはないってこと」
今の僕は無力だ。
ただ頑張れと事が終わるのを応援していることしかできない。
「出てくるよ!」
「ンモオオオオオオオォォォ!」
「あっ、出てきた!」
やがて小鹿のように細い足をした仔牛がボトリと落ちてきた。
「頑張ったね」
「ンモー」
お母さんをよしよしと撫でていると、後ろから声が上がった。
「大変!この仔、骨折しているわ!」
牛の子供は立てないでいたのだ。
「ソラ様の番ですよ」
「任せて。エリアヒール!」
産後の母牛もまとめて癒すと、子はやがてよろよろとしながら立ち上がる。
また足を挫けそうになっていたが、母牛が支えてくれたお陰で立つことができた。
「よかった……」
親子の愛情を見て、些細なことで喧嘩をしている自分がバカらしく思えてきた。
「ありがと、ソラ様」
「ソーニャさん!いつの間に……」
お仕事から帰ってきたソーニャさんと合流する。
「それよりソラ様、事件」
「えっ……?」
「エルーが、倒れた」




