閑話265 大嫌い
【エルーシア視点】
「エルーシア様、失礼します。く、暗っ……!」
「……」
私が起きてくるのが遅く東子ちゃんが私の部屋まで見に来てくれました。
電気をつけ、部屋の端でうずくまっていた私を拾い上げてくれます。
「もう、皆さん大変心配しておりますよ。折角世界一お可愛らしい容姿をしていらっしゃるのですから、サボるのはダメですよ?」
東子ちゃんが髪を整え、寝不足の顔に化粧を置いてくださいます。
「そんなことないよ。私なんかより、東子ちゃんの方が……」
朝の支度を他人に頼るのは実家の母以来。
ああ、こんなことも出来ずに後輩に頼っている自分がどんどん嫌になります。
「そんなこと、天地がひっくり返ってもあり得ません!エルーシア様は天使で……天使様になる前から天使のように整ったお顔なんです!それは世界一の旦那様であるソラ様が保証してくださるではありませんか!」
「ソラ様……」
「あっ……」
地雷を引いたとばかりの顔をする東子ちゃん。
「でも、私はそんなソラ様から……『だいきらい』と……『だいきらい』と……そう言われてしまったのです……!」
気がつくと顔を覆う手がびしょ濡れになっておりました。
「そんなに私でもキスしたくなるような可愛らしい泣き顔なさらないでくださいませ……。エルーシア様には笑顔でいていただきたいのです。その方が私達も嬉しいのですから。ほら、外に出ましょう!」
天使だからか枯れない涙が流れ続ける私の手を取って、彼女は庭園へと向かいました。
庭園に連れられると、リン様がお花を摘み、沢山私に渡してくださいました。
「ほら、お日様の光を浴びて、お花の匂いを嗅げば気分も少しは晴れるよ?」
「だいすき……だいきらい……だいすき……だいきらい……だいすき……だいきらい……だいすき…………だいきらい……」
いただいたコスモスの花を摘み、花弁を一枚一枚めくって花占いをするも、どれを選んでも全部『大嫌い』で終わってしまいました。
「もう、エルーちゃん?よりによってコスモスで花占いをするなんて……。こんなにしちゃあ、お花が可哀想だよ?」
リン様が私が摘んでしまったコスモスを魔法でもとに戻すと、私の顔に近づけました。
「ほら、お花はこうやって楽しむの!」
お花から香る爽やかで優しい甘さが、私の記憶からソラ様を思い起こしてきたのです。
18年と生きてきましたが、私の人生のほとんど全てが、このソラ様とお会いしてからの三年間で埋め尽くされていました。
それだけ私は彼に染められていたのです。
以前、『ソラ様に嫌われてもいいから一生付いていく』などと言いましたが、私はその覚悟を甘く見ていました。
「ぐすっ、嫌われるのって、こんなにも辛いことなのですね……!」
たった一人に言われるだけで、こんなに胸が苦しくて、悲しいものなのでしょうか。
知らないことは幸せ。
私はそれだけ幸せ者だったのだと、今更ながら気付いてしまいました。
ソラ様は前世で何百……何千人、何万人から同じようなことをされていたのかと思われると、もう涙が溢れて仕方がありませんでした。
そしてこちらの世界に来ても、再びその『嫌い』を作ってしまったのが私であることに、更に自己嫌悪に陥るのです。
「私と違って賢いエルーちゃんなら、何が悪かったかはもう分かっているんでしょう?」
「うぅ、ぐすっ……ソラ様に相談せずに決めてしまいました。多分それ……だと…………思うんです……けど…………」
尻すぼみになる私に、「よく言えました」と撫でてくださいます。
普段ネガティブなお考えが多いリン様にさえ心配される私は今、どれほど酷い顔をしているのでしょうか?
「天先輩も本当は言いたくなかったんじゃないかな?『だいきらい』って言う前に、条件を付けなかった?」
私は思い返したくないその記憶を呼び戻しました。
「『そんなこと言う二人は、だいきらい』……」
「ほらね?」
視界がぼやけたまま、目が丸くなる私に、『花の聖女』様はくすりと私に微笑みました。




