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男の大聖女さま!?  作者: たなか
第31章 頽堕委靡
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第991話 觳觫

 夜、寝静まって子供達から解放された僕は神流ちゃんの部屋で一緒に休んでいた。


 家出したとはいえ二人に報告するなとは言っていない。

 どのみち僕がそう言ったところで妻ネットワークは働くことだろうし。

 だいきらいとは言ったが、本当に大嫌いなわけではないのだ。


「ふぅ、疲れた……。子供は元気だね」

『お休みでしたのに、疲れてどうするんですか……』

「いいんだ。疲れてるけど、代わりに癒されてるんだもん」


 やっぱり僕はどこまでいっても、子供が好きなんだろう。


『将来お子を授かる身としては、子供が好きと言ってくださることへの安心感は一入(ひとしお)というものです』


 獣化した神流ちゃんがベッドに乗ったらベットが壊れてしまうので、カーペットに寝転がっている。

 僕はくるまっている神流ちゃんに横から抱きつくようにしてもふもふを堪能している。

 もふもふもふもふ。

 時折匂いを嗅ぎつつ、手が回らないほどの大きな胴体を抱きしめていた。

 お風呂に入った後だからか、シャンプーの匂いがする。


「んー!」

『!』


 ぴょこりと僕も狼耳と尻尾を出すと、神流ちゃんは僕に覆い被さるように襲いかかってきた。

 人の姿なら女の子に押し倒されている構図なのだが、今の僕は大きな犬の下敷きにされているだけだ。


「わぁっ、ちょっと……!リルみたいなことしないでよ!」

『私がどれだけ我慢していたことか……!』

「そ、そうなの?」

『旦那様が可愛らしい格好をなさっているのです。喜ばないはずがありません!』


 嬉しそうに尻尾を振っている神流ちゃんに僕は首に抱きつく。

 どこもかしこももふもふして気持ちいい。


「僕も神流ちゃんみたいにまっすぐ生きられたらいいのにな」

『エルーシア様や涼花様と、何がおありになられたのですか?』




『なるほど、ソラ様はこれ以上奥様が増えることに不安を感じていると……』

「神流ちゃんは増えることにどう思ってる?」

『御二人が認めている時点で人格者でしょうし、問題ないかと。仲良くできたら嬉しいですね』

「その、僕を占有できる時間が減っちゃうかもよ……?」


 自分でそんなことを言うのは嫌だったが、妻ならばそう考えていてもおかしくない。


『最近リン様に教えていただいた言葉を使うとするなら、「一年のうちたった1日だけだったとしても、推しに会えるだけで幸せです。だってそれは、推しが私のために大事な時間を使ったってことだから」』

「みんな、そういう価値観なのか……」

『「みんなのアイドルが握手してくれるだけじゃなく、愛してくれて、えっちなことまでしてくれる。それだけで、明日を生き抜くことができる」と、そう仰っていました』


 変なこと神流ちゃんに教えないで欲しい。

 でもそっか、僕は伴侶は自分と対等な存在だと思っていたけれど、それは前世(向こうの世界)の価値観なのか。

 貴族なら男女問わずその貴族の当主が立場は上だし、聖女相手なら余計に序列という明確なものさしが現れる。


「でも僕は少なくとも対等だと思ってるよ」

『嬉しいです。ですがそのせいでソラ様が傷付かれるのなら、私は愛人でも構いませんよ』

「何言ってんの、そんな不義理なことできるわけないでしょ?」

『そうやってきっとお心を痛めてくださるから、愛人でも構わないのですよ』


 真っ直ぐすぎる物言いに恥ずかしくなり、僕はその大きな獣の鼻にキスをする。


「伴侶って普通はその人の人生を共にする、言い換えれば人生を奪うようなものでしょう?だから話題に上がれば気になるし、しばらく聞いていなくても気になっちゃう。今何してるかな?とか、元気にしてるかな?とか、そんなことで頭が沢山埋め尽くされちゃうんだよ」


 ひとたび身内になってしまえば、「気にならない」ということができくなってしまう。

 つまるところ、僕とはそういう生き物なのだ。


「僕って、なんて生き辛い天使なんだろう」


 気になって気になって、やがてそれが心労に変わる。

 無限の体力を持つ今でも、心労で病むし、風邪で倒れる。

 天使は人間の上位互換なのかもしれないが、僕はそもそも人間の下位互換だった。


 でも、自分は自分だ。

 それは単に自分自身だから沢山内心の悪いところを知っている、というだけの話ではない。


 たとえ「僕が女っぽくて醜い」というのが前世の皆から――いや、姉から押し付けられた価値観だったとして。

 その洗脳がなかった世界線があったとしても、僕自身が僕を好きになる未来が想像できなかった。

 声変わりだってしたかったし、背だって伸ばせるのなら伸ばしたかったし、もっと格好いいって言われたかった。

 そう、僕はそんなコンプレックスの塊だった。


『私はソラ様がこちらにいらしてからのことしか存じ上げません。ですが、そこがあなた様の素敵なところだということくらいは、頭が固いと言われていた私でさえ存じております』

「神流ちゃん……?」

『人は、生き辛くなれば何かしらは捨てるものです。それが自分にとって大切であっても、私達にはこの小さな脳と、二つの手しかないのですから。むしろこれまでよく取捨選択をせずに、今まで生きてこられましたね……』


 そうか、そういうことだったのか。


「こっちの世界に来るまでは何も望んでいなかったんだ。何にも期待できず、他人に期待したら敗けだと思っていた。だってあの世界(前世)で僕は会う人全てから嫌われていたから。でもその渇いた体に一滴の水が滴り落ちてきた」


 それが僕とエルーちゃんとの出会い。


「その水で喉が潤された僕はもっと欲しいと願ってしまった。でも僕はその一滴のおいしさを、大切さを、何より知っている。だから垂れてきた水を残さず飲むことしか考えていなかった。そしてついに身体中が水で満たされ、溺れてしまったのが今の僕なんだ」


 とっくにコップは満杯なのに、表面張力でまだ注ごうとしていた。

 今の僕はそんな感じだった。


『その水を飲まずにはいられないのが、ソラ様らしいですね』

「今は尚更そうなっちゃったんだ。僕は不老不死になったけれど、妻たちのほとんどは僕にとって命にタイムリミットがある存在に価値観が変わってしまったから」


 人種族は100年という短い期間を終えたら、もう会えなくなる。

 その死を一番何度も目の当たりにするのが、不死の使命のようなものなのだから。


『ソラ様は背負い過ぎなんです。西国の商人でも必要ない荷物までは背負いませんよ』

「でも、伴侶ってそういう存在でしょ?」


 赤の他人とも友達とも親友とも恋人とも違って、生涯を共に生きることを結婚式で誓うのだから。


『でしたら私も一緒にその甘い砂糖水を飲みます。ソラ様は私達がソラ様にしか矢印が向いていないとお思いかもしれませんが、妻の皆様方は家族ですし、仲が良いのですから。とくに涼花様は妻の皆様からも容姿も立ち居振舞いも人気ですし、エルーシア様は女性を悦ばすのが一番お上手ですから……』


 まあ確かに妻たちはみんなエルーちゃんと三人でしたことあるし、そもそもえっち魔人は女性の悦ばせ方について教えてもらった師匠でもあるからね。

 やっぱり真の女たらしはあの二人なんじゃないかな……?

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