閑話263 想定外
【ルージュ・テーラー視点】
「で、お嬢様は誰を選ぶんすか?」
「選ばせていただく、よ。ソラお義姉様の采配なのだから、本来私なんかがその中から選べるのが光栄なくらいよ……」
「聖女院が絡むと面倒事が増えるっすね」
「ヘレン、私は今貴方を押し付けられているのが一番の面倒事なのを理解しているかしら?」
「ひぃっ!?」
「あと二年で私に屋敷の人事の権利がやってきたら、大掃除をしなければならないかも……」
「ちょっ、そういう脅しはパワハラっすよ~~っ!」
「ここを辞めても元の鞘に収まるだけでしょう?王家は今お義姉様と仲が悪くなっているもの。今はあくまでお義姉様の味方よ」
彼女は初めはシュライヒ公爵家からやってきたと思っていたけれど、今回の事件で彼女が伯父様に話を通していないのにソフィア陛下が知っていたことを察するに、王宮から雇われてシュライヒ公爵家に入り、そこから王家の命でうちの人事に入れられたのは明白。
今回の事件、王家がやらなければならないことをすべてソラお兄様や聖女院にさせてしまった。
であるならば、私は将来シュライヒ公爵家の繁栄のために最善を尽くすのみ。
それは王家に媚を売るのではなく、ソラお兄様に媚を売ること。
シュライヒ公爵家がソラお兄様の実家のひとつである以上、王宮のスパイなどが紛れていれば居心地が悪いことだろう。
ソラお兄様が不老不死の大天使様になられた以上、彼がシュライヒ家を一番永く支える人物であることは明らかだ。
伯父様もソラお兄様の長いものに巻かれて陞爵したのだから、私もそれに従うまでだ。
「ふ、ふゅ~~~!」
「口笛、できていないわよ」
とはいえ平民が札束で殴られるというものの気持ちが少し分かったような気がする。
「まぁ、この御方になるわよね……」
私は一枚の紙を既に選んではいたものの、これで本当にいいのか自らに問いかけていた。
隣の紙には梛の国の樹静馬王子なんて御方まで書いてあったけれど、流石に見なかったことにしておいた。
いくら良縁とはいえ流石に子爵家の出である私なんかが相手にしていい御方ではない。
「お嬢様、陛下からお茶会のご招待が……」
「緊急でお茶会を開くなんて……。全く、陛下も余裕がないみたいですわね。メーア、馬車を用意なさい」
「そ、それでルージュ。あなたは誰を選ぶつもりなの……?」
「ソラお義姉様からは『王家には内緒にしておきなさい』と言われておりますわ。ああ、使用人にもまだ伝えてませんから、彼女も知りませんよ」
私に唾を付けておくよりもっと他にすべきことがあるでしょうに。
「そ、そうなのね……」
「お呼びしたのはそれだけでございますか?」
「違うわ、それはついで。私の妹分についてよ」
「えっ……?」
想定外の内容に動揺した心を落ち着かせるべく、私は出された紅茶に口を付けた。
「ララ様で、ございますか?」
「これは別に王家としてのお願いでも命令でも何でもないわ。ただ、姉として一生に一度のお願いがあるだけ……」
こんなに素直な陛下などいつぶりだろうか。
あれほど強気な改革で貴族の経理の不正を暴き負の温床を取り払っていた女性が、子を授かったことで穏やかになったのだろうか?
まぁ貴族の不正にばかり力を入れすぎて他が疎かになったツケが今ソラお兄様に頼りきりの現状を作っているのだけれど。
「どうかあなたが学園でも妹と仲のいいお友達であると信じているわ。だからその……私の妹が道を外すのを、止めてもらえないかしら?」
そこにはただ頭を下げる一人の姉の姿があった。




