第982話 革命
『魔甲』は各指についているオリハルコンが媒介となって杖の役割をするが、それは指同士が離れていない場合、一つの手が杖として働く。
それは五本の杖を右手に持って魔法を放つようなものだが、やはり近接戦闘中に両手で合わせて2回しか魔法を放てないとなると、どうしても特大なアドバンテージを取れる魔法でなければ割に合わない。
だが今の涼花さんは重力を自在に操り、物理障壁をいくつも張ってそれを蹴り、本来刀術士としてあり得ない動きを実現している。
そう、それはどう考えても各指ごとに分かれて魔法が発動していないと説明がつかない速度なのだ。
『魔甲』で魔法を放つのは以前にも話したが相当難しく、右脳を使いながら左脳も同時に使うことのように難しい。
相手を殴りながら魔法を無詠唱で発動するだけでも既に曲芸を披露しているようなものなのだが、更に魔法同士が干渉して発動に失敗しないようにするための特殊な訓練が必要になる。
『魔甲』を殴ることに使っているときは力を込めるためにグーで握ってしまうため、殴る方の手は各指の第二間接についているオリハルコンの魔法媒体同士がくっついてしまい、片手が一つの杖となってしまう。
以前魔甲のこと『12の手数』と称したが、それは完全に同時に12の手数を出せるわけではない。
音楽で例えるとアルペジオのようにずらして連続で放つことで、合計12回の連続攻撃ができるという意味だった。
でもその実、右手で殴っているときはその右手は一つの杖なので殴っている右手と右手杖一本、それに左指五本の杖で計7つまでしか同時に手数を用意できない。
別にそれはコンマ数秒のうちに7つ同時に放てるという話なので、たとえ邪神を相手にしていたとしてもそのくらいの手数で十分だった。
ところが彼女は無刀『夢幻』を指を離しながら掴むという独特の持ち方をしすることで『11の同時手数』を実現したのだ。
もしそんなことができるのなら、「魔甲で殴る」より「魔甲をつけたまま別の武器も持つ」方が手数として優れていることになってしまう。
まさに戦闘技術界の革命だ。
今まで藤十郎さんや僕が教え、持ち馴染んでいた刀の握り方という自分の価値観を全て捨て、魔法を放ちながら今まで通り刀を振るい型技や舞技を放てる程に昇華した。
それはほぼ刀をもう一度、一から習い直すようなものなのだ。
でも彼女はこの僕が死にかけていた数ヶ月でそれを成し遂げてしまった。
努力の天才というのは毎日継続して努力する才能だけでなく、それが将来実を結ぶと信じられる才能もないと続けられない。
彼女こそ本物の『努力の天才』だった。
刀の弱点は、二つある。
一つには攻撃が直線的になりやすいという弱点だ。
剣道の『面』や『胴』や『突き』のように攻撃の角度はあるものの、結局繰り出している人間本人は直線的にしか動けない。
対して魔法は曲線を描いたり三次元的に自由に動かせる。
二つ目は先程アビスさんが言ったように、二次元空間までしか範囲が及ばないことだ。
刀を使っている以上魔法が使えないため、空中という三次元目の空間への攻撃が物理的に届かないだけでなく、自らも三次元からの多角的な攻撃が行えないという弱点がある。
逆に多角的に攻められた場合には三次元に逃げることができないためそれを相殺するしか手段がなく、ひとたびビーム光線のような多段ヒットする攻撃を発動されてしまうと、それを防ぐ術はなくなってしまう。
だから事前に魔法陣を消すしか防ぐ手段がないが、それも同じ『地上』という土俵に立たず、届かない空中から魔法を放てばいいだけになる。
今、彼女は障壁で無限に空中を自在にジャンプしながら、三次元的に攻撃している。
更に足をバネのようにして反発の力を上げていくことで往復運動の速度を上げ、光の速さのごとく各個を蹂躙する。
あくまでも直線的ではあるものの、刀術士としての弱点は完全に克服してしまったのだ。
「それがこれもすべて、ソラ様。あなたに追い付くためだったそうですよ?」
僕が全属性使えてそれで満足していたのは怠慢だったのかもしれない。
人間の可能性は計り知れないと、人間を辞めてはじめて知ることになるとは思わなかった。
「くっ、速すぎっ!!」
「終わりにしよう。――無刀・奥義――」
空中で速度が追い付かない中多角的に揉まれ、もはや防ぐ手段がないアビスさんに追い討ちをかけ、無慈悲な一閃を放つ。
「――魔有引力――」
それは存在しないとされていた無刀『夢幻』の奥義だった。




