第977話 頬袋
魔帝国と言うと邪気を感じる暗い都市を想像するかもしれないが、実際には半島でおよそ半分が海に面しており、海産物が優れた漁港の多い国だ。
カモメが飛び交い、見ているだけで夏を感じれるこの国は既に憂いとなるものを退け、これから発展していく一方だろう。
帝国城はどこにそんなお金があるのかと思うくらいに巨大で、規模は正直最大規模と名高い聖女院よりも大きい。
「魔帝陛下の御成だ、低頭せよ」
頭を下げていると、僕の声が聞こえてくる。
「ソ~~~~ラッ♪」
後ろから声がすると、大変柔らかいものが背中を支配する。
この柔らかさ、メルヴィナお姉ちゃんより柔らかい人は妻の中にはいなかったはず。
こんな下世話な判別方法が出来るようになってしまった僕が最低なのかもしれないが、でもそれだけ毎日過剰なスキンシップ取ってるからな……。
それにここは魔帝国、いるのは魔族のみ。
邪神も四天王もいなくなった今、僕が知る魔族なんてアビスさんくらいしかいない。
だからこの角がいっぱい生え、とても胸の大きな黒魔人の女性を僕は知らない。
「誰です……?」
「…………へ?」
「は……?」
ああ、呆けていて『鑑定』をするのを忘れてた。
名前:アビス
種族:邪龍神族 性別:女
ジョブ:邪神姫 LV.200/200
体力:-/- 魔力:9520/8000
攻撃:1500
防御:1000
知力:1000
魔防:1000
器用:1000
俊敏:1500
スキル
闇属性魔法[極]・無属性魔法[極]
「えっ、ア……アビスさん……?」
「そうだって。君は僕だっていうのに、僕のこと忘れちゃったの?」
「いえ、忘れたわけではないですがその……変わったというレベルではないでしょう?」
聖女院の親衛隊が式典で着るような軍服とは対称的な黒い軍服を着て鱗のついた尻尾をまるで犬のようにふりふりしていた。
「不潔な女め、ベタベタするな」
僕のからだを頭から足先まで堪能するように触ってくるのを遮るようにハープちゃんが手から飛び出してくる。
「なぁに教皇ちゃん、僕に嫉妬してるの?もしかして、ソラはおっぱい大きいのが好きなのかな?」
「くっ……この……」
「どうやってこんなに大きくなったのですか?」
「そもそも僕は食べ物をくれなかったから育たなかっただけだよ。だからこれがもとの姿なの!」
僕と同じ体つきだったのは、ただ食べなかったからってこと?
いや、それにしても食べたらその栄養が全部胸やお尻にいくわけじゃあるまいし……。
いや、よく見ると魔力量も魔蓄の指輪をしていないのにオーバーしてるし、胸やお尻に溜まってるのって魔力なのか。
そんな、頬袋にご飯をためるハムスターじゃないんだから……。
魔族のからだって、不思議だな。
「どう?少しは惚れてくれた……?」
それにしても、さっきからこの露骨なアピールはなんなんだ……?
「は……?ソラ、ソラって……聖女ソラか!?」
「あっ……」
ヴァルグリードさんにはもうバレているものだと思っていたが、そういえば初対面だから気付くわけないか。
むしろアビスさんがどうして変装した僕のことを一目見てソラだって分かったのか知りたいくらいだ。
「貴様が魔帝陛下を誑かし、婚約者などと宣った愚か者かあっ!!」
「は……?」
えええええっ!?




