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男の大聖女さま!?  作者: たなか
第13章 天佑神助
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第97話 畏怖

 翌朝、床が変わって少し早く起きてしまった。


 一番早いかと思ったけど、逆に既に起きているエルーちゃんしかいなくて、恥ずかしくなった。


「おはようございます、ソラ様」

「みんなは?」

「朝は当番制で市へ買い出しに行くそうですよ。そこで相場を知ったり、取引・交渉の仕方を学ばせているそうです」

「なるほど。ちゃんと孤児院を出た後のことを良く考えているんだね」


 買い物上手になることは、どの職についても悪いことではない。

 それに交渉が上手ければ、商人になる道を考えることも出来る。


「それで、残りの子達は……?」

「魔法の訓練をしています」




 朝食を終え訓練場に向かうと、各々が魔法を的に向けて放っていた。


「はあっ!」

「集中」


 少しだけ風属性魔法が使えるソーニャさんが教えているみたいだ。


「だいせいじょさま!」

「ソラ様、おはよう」

「おはようございます」


 わらわらと集まってくる子供達は今日も愛らしい。

 しかし、女の子の一人は集まって来なかった。

 シャイなのかな。


「ソラ様、相談」

「どうしたんですか?」

「あの子の悩み……聞いてほしい。私じゃ、どうしようもなかった……」




 杖を持ってうずくまっている女の子の側に寄ると、女の子はこちらへ気付く。


「大聖女様……」

「あなた、お名前は?」


 僕は膝をついて目線を合わせる。


「ミィ……です」

「ミィちゃん、良い名ね。何か、辛いことでもあった?」


 そう言うと、僕の胸に飛び込んで来た。






 ミィちゃんはしばらく泣きつくとやがて治まる。


 何か嫌なことがあって、誰かに泣きつきたかったのかもしれない。


「こいつ、昨日街の奴に言われたい放題だったんだよ。確か……『闇魔法使いは聖女様の敵』だとか、『魔王軍の手下』だとか……」


 一人の男の子がそう言った。

 確か、昨日頬を怪我していた子だ。


「ひどい……」


 子供の無邪気さは時として無自覚に人を傷つける。


「だからオレ、そいつらに言ってやったんだ。『聖女様は差別なんかしない』ってな。そしたら殴られちまった……でも、今回は反撃しなかったからな!」


 悪口を言い返すようなことはせず、殴り返したりもしない、優しい子達だ。

 それだけ院長先生の教えが良いんだろうか。


「ニック、たまにはやる」

「たまにはって……ひでぇよ、ソーニャ姉。オレだって、昔ソーニャ姉に助けてもらったからな。その分は院の仲間を助けるって決めてるんだ」


 よくしてもらったことは、下の子に繋げていく。

 それがこの孤児院の良いところなのかもしれない。


「昔はよく反撃する前に泣かされてた」

「ちょっソーニャ姉、それは言わない約束だろ!?」


 くすくすと笑う周りの子達に、一人だけほんのり赤みを帯びたミィちゃん。




  (「あの子のこ)  (と、好き……?」)



 耳元でぼそっと喋ると、ぼっと紅くなり、そのままミィちゃんはコクコクと頷く。


「なあ、ソラ様……。ソラ様は闇魔法使いだからって差別したりしないよな?」

「ふふ、いい機会だからみんなにいいことを教えましょう」

「いいこと?」


 首をかしげるソーニャさんを横目に、僕は杖を取り出す。

 

『――闇を照らす勇敢なる聖獣よ、今ひと度(われ)に力を貸し与えたまえ――』


 魔法陣を展開してカッと地を杖で突く。


『――顕現せよ 聖獣フェンリル――』


 魔法陣から飛び出たリルにわぁと驚きの声を上げる子供達。


「せいじゅうさまだ!」

「もふもふだぁ」


 リルは大人気のようだ。

 もふもふは老若男女問わずに愛されるよね。


「リル、『ダークモード』!」

「ウォウ」


 僕がそう言うと、リルの真っ白な毛色が根本から段々と真っ黒に変わっていく。


「「わぁ……」」


 全身の毛色が真っ黒になったリルは額の真っ赤なコアが青色に変わる。


「あまり知られていないかもしれないけど、私の相棒のフェンリルは光魔法と闇魔法を両方使えるの。光属性があまり効かない敵もいるんだけど、そういう相手にはリルとの合成魔法で闇属性を付与してもらったりするわ。私にとって、闇魔法は大事な属性魔法よ」


 僕がリルに跨がると、リルは影の穴(シャドウホール)を作って地面に潜り込む。

 そのまま数メートル離れた場所に影が移動すると、僕とリルが影から飛び出る。


「うあぁ!」

「すごい、これが聖獣様の闇魔法……」

「で、でも私はまだ闇魔法もろくに扱えないんです……」


 すると、リルはミィちゃんを励ますように身を預けた。


「聖獣様……ふふっ、くすぐったいよ……」


 リル、もしかして……


「ね、ミィちゃん。リルが加護をあげたいみたいなんだけど、貰ってくれないかな?」


 聖女は闇魔法を使えないから、闇属性の加護を与えられる聖獣リルは聖女にとってはあまり意味はないけど、闇魔法使いにとっては重要だろう。


「加護……?」

「そ。闇魔法を使いやすくしてくれるおまじない。すこし痛いのを我慢して貰わなきゃいけないけど、後でちゃんと治すから……」


 血が加護の証となるから、手などを切って渡す必要がある。


「聖獣様、いいの?」

「ウォウフ!」


 元気のよい返事に、ミィちゃんはやがてこくりと頷いた。


「ごめんね、ちょっと手を切るから痛いけど我慢してね」


 人差し指にナイフで切れ込みを入れる。


「血のついた手でリルのコア……青い水晶に触れてみて」


 ミィちゃんはおそるおそるコアに手を伸ばし触れる。


 すると赤い血が青いコアに吸い込まれて行き、コアが青く光輝くと、コアから青い光線が出てミィちゃんの手のひらを照らす。


 やがて光線が治まる頃には青い三日月のマークがミィちゃんの手のひらに顕れていた。


「それがリルの加護の証。魔法を使おうとするとそれが顕れて、リルが魔法をサポートしてくれるよ」

「ありがとう、聖獣様」

「せっかくだから、試してみなよ。さっきリルが見せたシャドウホールを使ってみるといいよ」


 僕はミィちゃんの手を魔法で治した後、ぼそっとミィちゃんの耳元で()()を伝えると、ぼっと顔を真っ赤にした。


 僕はもう一人の功労者に『修練の指輪』を渡す。


「ミィちゃんを守った勇敢なニック君には、これをあげる。訓練する時とかに使うと、成長が早くなると思うよ」

「すげぇ……ありがとう、ソラ様!」


 すると意を決したミィちゃんが「シャドウホール」と呟くと、穴に吸い込まれて消える。


「す、すげぇ。本当に使えるようになってる……」


 驚くニック君の背後に影が移動して、ミィちゃんは影から出てくる。


「おわあ!?」


 ニック君の背後から現れたミィちゃんに驚き飛び退く暇も与えず、ミィちゃんは横から頬にキスをした。


「ニック、ありがと……」




 魔法の属性に貴賤はない。

 攻撃的な使い方ができるものもあれば、こういうお茶目なこともできる。

 要は使う人次第だ。


 願わくば闇魔法から畏怖や嫌悪感がなくなるように。

 そういう使い道を教えていきたいな。

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