閑話260 推し事
【ララ・ゼクス・ハインリヒ視点】
「ん……」
ここは……?
「姫様っ!!」
エルフメイドのジェーンが目を擦る私を強く抱き締めてきた。
「ジェーン、痛い痛い」
「もう、二度と目を醒まさないかと……!ほんとうに、本当に……良かった……!!」
「服ぐじゅぐじゅ、肉襦袢」
私の袖はハンカチではない。
「も、申し訳ありませんでした……」
「いい。それより私、運命の人、見つけた、ケタケタ」
「真顔でケタケタしないでくださいよ、普通に怖いです……。もしかして、噂の薬師の殿方のことですか?」
「知ってるのっ!?」
せっかくの情報源を逃がすまいと手でがっちり固定する。
「い、いえ……どうやら姫様を薬師の殿方が助けてくださったとその場に居合わせた執事にお聞きしたのですが、どなたもそのお方のお名前をお知りにならないのです。こんなことははじめてのことで……」
「ふむふむ……」
私には分かる。
あの人が飲ませた薬はフェイク。
だってあの人の魔力の輝きは虹色。
そしてその虹色の中に聖女様と同じ白い魔力があったのだから。
あれはおそらくただの頭痛薬で、その後光属性魔法のキュアで治した。
きっと理由があって正体を明かさなかった。
けれど王家を前にして名前を隠すなど、そんなことが出来るのはどこにも属していない聖女院のみ。
そして私の眼で見えたあの飽和するほどの凄まじい魔力の流動は、聖女院の中でもソラ様の関係者にばかり見られる兆候。
つまりはソフィア姉やサンドラ姉と同じく、ソラ様の弟子の一人のはず。
「ララ、入るわよ」
「サンドラ姉……」
赤子をメイドに任せて、私を抱き締める。
子を産んでからいささか美しくなったような気がする。
「起きたのね。良かったわ……」
サンドラ姉は「あなたがいないとソフィアも悲しむわ」と言って抱き締める力を強くする。
ミルクのような匂いがした。
「私を助けてくれた方のお名前、サンドラ姉なら分かるんじゃないの?」
「えっ……ええっと……そんなことは別にいいじゃない」
「良くないっ!!」
産まれてから一番大きい声が出たという自負がある。
ただ次世代の王になるため王家の子を産む使命を与えられただけで、その事に関してそれ以上の感情もなかった。
「い、一体、どうしちゃったのよ……」
「私は助けられた身として、感謝を伝えなきゃいけない。教えてくれなきゃ、サンドラ姉を離さないから……!」
でも今、そのお方の子が産みたくて産みたくてしょうがない。
「……私は政治には疎いけど、私でも分かるわ。ソフィアからは『あの人はやめなさい』と必ず言うわよ?」
「苦手な勉強も社交も頑張るから。もしそれでも無理なら家を出て、冒険者として生きていく」
私にはそのくらいの覚悟はある。
もう10あった王家の中から王を引き継げるのはソフィア姉のところと私だけ。
家出を引き合いに出されれば、ソフィア姉は困るに違いない。
「聖女院だし、貴族的な所作もある。相手としては申し分ないはず」
「むしろ申し分無さすぎるのよ……」
はぁと大きなため息を付いた。
「彼は……カエルムと名乗っていたわ」
「カエルム……さま……!」
カエルム様、カエルム様。
素敵な名前……。
脳内で繰り返し反芻するだけで、きゅんとこう、お腹の下辺りが熱くなる。
「ああ、なんてこと……!可愛いララが、まさかあの人に捕まるなんて……」
「いくらサンドラ姉であっても、カエルム様の悪口は許さない」
待っていて私の推し。
私は必ずあなたの子を産んでみせるから。




