閑話258 非効率
【下野皐視点】
『そちらはお忙しそうですね』
「そうなのよ。もう少し人員、増やせない?」
ルーク君とリリエラちゃんとは毎日こうして10分程度の会議をビデオ通話で行う。
同じ施設内に居るのにどうして直接会わないのかと言われれば、お互いの妥協点だ。
正直、ルーク君は今の私と比べても忙しい。
私だけでなく各部署とミーティングしているし、外交対応は全て彼かリリエラちゃんが行う。
だからできる限りミーティングや外交はビデオ通話で行うように私が働き方の改革を行った。
面倒くさいことに、毎日のミーティングはもし顔を会わせる場合は私の方が立場が上なので、向こうから来るのが礼儀。
ただでさえ広いこの聖女院をわざわざ私のためだけに移動して戻ってくるなんて非効率でしかない。
その点、ビデオ通話ならお互いの時間を最低限にできる。
『ですが、この間も増やしたばかりです。聖女院は大切な情報を扱う場。中に入れる者は厳密に調査しなければなりません』
「それはそうかもしれないけど……」
「なぁ、別に聖女院に来てもらう必要はないんじゃないか?」
顎に手を当て、ハジメさんはそう言った。
「どういうこと、ハジメさん?」
彼は冷めたコーヒーに角砂糖を二つ入れ、音を立てずに飲む。
「信頼できる人間に任せたいというのは分かる。だがその影響で、以前より採用人数が減っているんだろう?」
『ええ、それは仕方ないことかと。何せ期間が短いですし……。需要に対して供給が足りないだけです。各国に置いている聖寮院にもアプリ開発部は分散しているのですから、既に供給は尽きていると思いますが……』
「だから今まで見ていなかった供給に目を向けろって話だ。たとえばそうだな……極度の人見知りや聖女でも治しきれない心の病気でひきこもってしまった人、趣味のない夫人や身重の夫人、学校に働く傍らで少しだけアルバイトをしたい学生、高齢で働き先がないがお金がほしい人。家や病院から出られないそういった人達とうちらで意見が合致する人間にリモートワークをしてもらうんだよ」
「遠隔で作業を?」
「ああ。PCを貸与して、遠隔から通信を暗号化して操作させる。こうすることで、聖女院や聖寮院にあるサーバーに対して他人に傍受されずに操作する環境ができる」
「ですが、それでは万が一操作者に悪意があったときに情報が漏れてしまうのでは?」
「貸与したPCとリモートで繋いだサーバーはすべての操作ログを取ってここに送る。もちろん仕事中はカメラがあるから何しているか、仕事以外に何に使ったかはすぐにバレる。幸い金はいくらでもあるんだし、貸与PCとリモート用のサーバーは一対一でも問題ないだろ。下手な真似をしたときにはそのリモート用サーバーのみを落としてしまえば、向こうからはもう何もできないからな。貸与したPCは後でうちや各国に置いてる聖寮院で回収すりゃあいい」
「なるほど……」
「心の病は家族と折り合いがつかないからの可能性もあるからな。もし体罰や食事が抜かれているようならカメラで監視があれば余計なことはできないし、顔つきを見りゃ栄養が取れてるかくらいわかる。逆に家族からも手が出せなくなるだろうよ」
彼の説明は今まで見てきた上司や部下とは違い、筋が通っている。
過去勤めてた場所は情報交換したけれど、どうしてあんなところで燻っていたのか不思議なものね。
「外部に技術や情報を漏らしたくないようなアプリの開発は聖女院や聖寮院で雇われている正社員でやるが、メモ帳みたいななんの機密情報もないただの便利アプリなんて誰が開発しようが関係ないだろ?正直技術を盗まれてもなんの不都合もないし、データベースも開発用に検証用に別のものを参照させればいいだけ。そもそもこの世界にはアプリ開発の技術どころかPCの存在だって知らない人間が大多数。供給が少ないのだって、うちらの仕事が何してんのか具体的に分からんからだろ?」
「それを言われると、痛いですね……」
ルーク君も実際に面接で何度も聞かれたことがあるんだろう。
IT会社が入るまで何してるか分からないことなんてザラにあることよね。
「だから俺たちが何しているかを知る機会になるのがパートタイムやアルバイトだ。別に技術は聖女院だけが持つ必要はないし、少しでも興味をもってくれれば、そこから『将来は聖女院で正社員になりたい』って思ってくれるかもしれないだろ?」
「なるほど、人となりは仕事で既に知っているから、判断がしやすい、と……」
「あんたらが抱えてる悩みは、俺らの世界じゃ既に通った道なんだよ」
「んーーっ!」
「伸びをするだけで耳目を集めてるぞ。少しは回りの目を気にしろ」
一仕事終えてハジメさんが指摘をしてくれる。
ここの子達は私に全肯定だから、こうして意見してくれる存在はありがたい。
「いいのよ、私は。どうせこんな行き遅れ、貰い手なんていないんだから……」
「俺に比べればまだガキだろ……。それに俺と違って地位があるんだから、見合いでもすりゃいいじゃねぇか」
「お父さんみたいなこと言わないでよ。お見合いはトラウマだわ……胸しか見ないんだもの」
「まあ、そりゃ凶器だからな……」
私だってほしくて持ったわけじゃないってのに。
「ともかく今日は助かったわ、ハジメさん。正直、あなたみたいな上司を持ちたかった……。あなたここに来る前より時間はあるのだから、少し運動して痩せればモテるわよ?」
「その気もないのにやめてくれ。それに俺は馬には蹴られたくないんでね。俺はもう女は懲り懲りだ……」
そう言って彼はタイムカードを切って自室に戻っていった。
この人も女に狂わされて不憫よね……。
まぁソラ君に手をあげたのは許さないけど、当事者でもない私が口を挟むことでもない。
「シル君までお手伝いする必要ないのよ?自分のお休みくらい取りたいでしょう?」
「あの男……いくらソラ様の親とはいえ、聖女様相手に無礼では?」
「へぇ~、怒ってくれるんだ?優しいシル君が従者で私も嬉しいよ♪」
この子を見ているだけで、私は元気が出るのだ。
「なっっっ!?あなたのことを心配したわけではありませんからっっ!!」
顔を真っ赤にしたシル君はトイレへと飛び出して行った。
突然の物言いに、鼻血が出ていたことにしばらく気がついていなかった。
「こ、これが……ツンデレ……!?」




