第967話 応報
聖国では最近ギルドを通さない非合法なルートからの依頼が増えており、騙されて殺傷事件になるケースが増えていると報告があった。
どうもその存在がゲームにはなかった『闇ギルド』という名の新しい存在のせいだった。
ゲームにはなかったということは、邪神を倒した後、つまり魔族絡みである可能性が高い。
「付いてきて良かったのかい?家で休んでいても良かったんだよ」
「私には当事者として見届ける権利があると思いますわ」
「しかし、ペリドットもまさか受託者が魔族とは知らなかったでしょうね」
魔族も魔法やローブで角を隠していたらしい。
牢に到着すると、一人だけ氷のオブジェに閉じ込められている人がいた。
「こいつ、うるさいから隔離したわ……」
「押し付けたようですみません……。聞こえるように穴だけ空けられますか?」
「……」
マヤさんが無言で「本気?」みたいな問いをしてきたが、こくりと頷くとペリドット嬢の声が聞こえてくる。
「ルージュ、こんな真似して、次にあったらただじゃおかないわよ!」
「このお方が分からない時点であなたは終わりですわ」
「何よ、もうあなたには騙されないわよ……!」
「今、私は魔族の拠点を追っていてね。その魔族の一味を捕まえた今、君のような人間は心底どうでもいいと思っているんだ。知っている情報が少ないのは聞かなくても分かるからね」
「っ……」
あくまでも無関心として言ったが、それを言わなければ命の保証はないと言っているように勘違いしてくれる。
「だが魔族も仲間の口を割るとも限らないから、もし君が知っている情報を正直にすべて吐いてくれたら、僕の権限でこの檻から出してあげよう」
「なっ!?」
「カエルム様!?」
聖女の意向には王家は逆らえない。
この提案には驚いていたようで、王家も声を荒らげる。
「い、いいの……?私が逃げて。大切な証言のひとつを持つ女よ?」
「どちらにせよ君の家は取り潰しだ。人を使うことしかできなかった令嬢が今後一人でどうやって生きていけると思っているんだい?」
「っ、私が復讐するとは思わないの?」
「やってみればいいさ、できるならね」
しばらく考え事をしていたペリドット嬢だったが、やがて口を開いた。
「私が闇ギルドと呼ばれているところに依頼したのは一週間前の話よ。フィリップ様が『公爵家を継ぐには邪魔な婚約者を排除しなければ』って……」
「はぁ、フィリップ様が何を仰ったか知りませんが、公爵家を継ぐのは私、フィリップ様はただの婿養子。たとえ私が死んだとしても、彼はまだ婚約者。婚約が解消になれば公爵家とも赤の他人ですわ。あなた達が公爵の座に就くなんてあるわけないでしょう?少しお勉強していれば分かるのではなくて?」
「なっ!?」
「それより、あなたなんかが闇ギルドと繋がっているのはおかしいわ。裏で手を引いていたのは誰かしら?」
「サザンクロス伯爵家よ。あなた達を目の敵にしていたわ」
「やっぱり……。大方、西の国で立場が悪くなったから泣き付くつもりが、わたくしが次期公爵に選ばれた。どうにかして排除しに来たわけですわね……」
ここまでは僕も影に調べてもらった通りだ。
サザンクロス伯爵家はシュライヒ公爵家の遠縁で、セレーナお義母さんの血筋だ。
西の国の伯爵家だったが、アリシア王女派として支援していたが、アール君を貶めたことが公になり、次期王位が絶望的になった。
元々アリシア王女一派は皇太子派に付いたものの、外様の身としてはあまり立場もよくなく形見の狭い思いをしているようだ。
当時はシュライヒ家は『茶畑侯爵』なんて呼ばれていたから気にも止めていなかったのだろうが、立場が悪くなってから急に意見を真逆にし、『何故我が伯爵家を差し置いてテーラー子爵家に継がせるのだ』などと難癖をつけてきたのだろう。
「あの男……セレーナに許可を得たら引導を渡してやろう……」
お義父さん、怖いこと言ってるけどお義母さん便りなのちょっと情けないよ……?
「契約を交わした相手は?」
「そこにいる角二つの男よ。ヌーベルと名乗っていたわ」
王家のパーティーの襲撃はペリドット嬢の依頼によって手招きされたと言っても過言ではないが、魔族達にとっては侵入するための口実が作れればなんでもよかったのだ。
彼らにとっては国の要人を沢山殺めれば和平への意見が変わるとでも思ったのだろうか?
「ふむ、なるほど。おおよそは聞いていた通りだが、事実確認はできた。マリーナ」
「はい。映像は残してあります」
「じゃあ解放していいよ」
本当にいいの?とマヤさんに確認されたが、うなずくとあっさりと解放される。
「ふっ、馬鹿な男ね。何年かかっても、絶対にあなた達に復讐してみせるわ」
「まあ、それは叶わないだろうな」
牢の扉を開き外に出ようとした途端、向こう側から開かれ、その先には事前に僕が呼んでいた親衛隊が来てきた。
「確保しろ!」
「はっ!」
「ペリドット・マクリミアン。貴様には涼花殿及び聖女様襲撃事件の犯人である魔族を迎え入れた国際犯罪容疑として拘束する!」
ケイリー小隊長が罪状を述べると一瞬にして制圧される。
あの場には僕がいたのだし僕も攻撃されそうになったのだから、何も間違いではない。
「ちょっと、何するのよ!私はさっきその聖女院の男にここから出ていいと許可を得たのよ!」
「ああ、王城の牢屋から出してあげるとは言ったが、別に君の罪を許すなんて言った覚えはないよ。君のことは王家の代わりに聖女院がきちんと調べておくから、覚悟したまえ」
むしろ国家犯罪として聖女院預かりになるのだから、罪はもっと重い。
婚約者を奪ったのは何もルージュちゃんだけじゃない。
沢山の婚約者の貞操を奪い、婚約破棄や泣き付くしかなくなった数多の令嬢の敵とも呼べる悪魔だ。
「なっ……!?離しなさいっ!!騙すなんて、この卑怯者がっ!!!」
「卑怯者……?自らエメラルド嬢の名で世間を騙しておいて、その言葉が通用すると思ったのかい?おいたが過ぎたようだね、因果応報だ」
「い、いやあああぁぁぁぁっ!!」
義妹をここまで追い詰めた存在を、簡単に許すはずがない。




