閑話257 助け船
【ルージュ・テーラー視点】
「雨に降られるなんて、ついてないな……」
「お兄様の日頃の行いが悪いせいでは?」
「何を言う、私はいつも世のご令嬢のことだけを考えているよ」
「まぁそんな茶飯事で女神様は怒りませんわね……」
それにしても、まるでこれから起こることが波乱であることを示しているかのよう。
「何故女神様が怒るんだい?メイベルからも言ってやってくれ」
「嫌よ。あなたは沢山の女性と仲良くなることと殿方として魅力的になることを履き違えているわ」
「女性としては沢山の女性から好かれるような男を独占したいと思うんじゃないのかい?」
「それはあなたが好かれる前提での話でしょう。ナンパして友達が沢山いるだけで好意を持っているわけじゃないって何回言えば分かるのかしら……」
「嫉妬しているのかい?メイベルは可愛いな……」
「はぁ、ルーがあなたを反面教師にしていて助かったわ。ねぇ、ルー?……ルー?」
「あ、すみません……何でしょう?」
「やっぱり疲れているじゃないの。今宵は私達で守るから、挨拶してダンスが終わったら、すぐに帰りましょう?」
「ありがとうございます、メイベルお姉様」
不安が体調に響くなんて、公爵を継ぐ者として相応しくない。
なんとか馬車から降り、会場に入るとざわついていた。
「何かあったのかしら?」
「あら、ルージュさん!ごきげんよう♪」
派手な衣装に濃い香水の香り。
なぜこのような女が好きなのか疑問にしか思えない。
まるで魅了にでもかかっているかのよう。
「ごきげんよう、フィリップ様。お迎えにいらっしゃらなかった件は後程伯爵家に抗議を入れておきますからね」
メイベルお姉様を迎えにいったお兄様のように、普通は婚約者を迎えにいくのが貴族として当然の義務。
いくら冷えきった関係とはいえそれを怠るなんてあり得ない。
フィリップ様ははぁと大きな溜め息をついた。
「これだから弁えない子爵家の娘は駄目なのだ。お前が弁えないから、私がマシな女を連れているというのに」
この男はこの婚約が王家によって組まれたその意図を理解しているのだろうか?
王家の意に逆らうと自分で言っているようなものだ。
どちらにせよもう本物のエメラルド嬢からの証言は得ている。
あとは王家へ報告をするだけ。
しかし、その機会も得られずにこのパーティーは過ぎていくだけだった。
ただ私を見てにやけ面をしているペリドットが不気味で仕方なかった。
もしかして公爵家に盗み返しに行ったエメラルド嬢が取り返せていないことをまだ知らないのだろうか?
ダンスさえ誘われずに惨めに立っていた私に、執事の一人がグラスのおかわりを渡してきた。
「ありがとう」
「ルージュ、暇してるなら話し相手になって」
地獄のような空間に助け船を出してくれたのは、ララ様だった。
「ララ様、ごきげんよう」
「ごきげんYOYO」
「それではラップみたいですわ……」
「ルージュ、顔色悪い。症状は?」
踊っているペリドットのにやけ面がただただ怖く、悪寒がする。
「そんなに酷いですか、今のわたくし?」
「今にも倒れそう。良いから早く」
今王家に貸しは作りたくないのだけれど、でも確かに少し気持ち悪いのは確か。
ララ様は近くにいたメイドに水をもらって持参した粉薬を入れて私に渡してくれる。
「そのグラスは貸して。私が代わりに飲む」
「ありがとうございます」
良薬口に苦し。
苦いけれどここで倒れるわけにもいかず、出された薬を迷わず飲む。
少し気持ちが落ち着くと、何故かこちらを見てほくそ笑んでいたペリドットが何故か慌てたようすでこちらを見ていた。
私にはその意図が掴めずにいたが、その直後に起きたことで察してしまった。
「ごぼっ」
「ララ様ッ!?」
グラスを落としたララ様が血を吐き出すと、そのまま倒れた。




