閑話256 雲隠れ
【ルージュ・テーラー視点】
「いなくなった、ですって……!?」
私のもとにやってきた報告は、保護していたエメラルド・マクリミアンが失踪したという事件だった。
まさか敵対している張本人を保護するなんて何を考えているのかと思われるかもしれないが、彼女こそ搾取され続けてきた張本人だった。
そもそも彼女は社交界で自分よりも爵位が上の令息達との情事の噂さえあるというのに、当の本人が何も気にしていないというのが違和感しかない。
普通そのような多数の令息との噂がある時点でもうその令嬢は尻軽と噂が出回ってもうろくな婚約など来ないうえ、貰い手がいなくなるのは想像に難くない。
しかし彼女は未来を気にせず遊び歩くような女だった。
普通はこのような令嬢は婚約もするつもりがない無敵の令嬢であることが多いため関わらずにいるのが社交界での常識ではあるものの、婚約者を奪われた手前対峙せざるを得なくなってしまった。
しかし素行を調べているうちにある一筋の人物が浮かび上がってきた。
そう、三女のペリドット・マクリミアンだ。
エメラルド・マクリミアンはマクリミアン子爵家の三姉妹の次女として生まれた。
マクリミアン子爵は前妻が二人目のエメラルド嬢を産んでから亡くなった。
後妻として今の平民出身のメイドであった子爵夫人が結婚したものの、彼女は前妻を目の敵にしており、更に子爵家の全てを自分のものにするために自分が産んだペリドットを贔屓し、子爵家を継がせるために策略を働いた。
前妻の二人の娘さえも裏でいびっていたため、姉は優秀でなおかつ美人だったが、後妻の策略を知った途端にすぐに伯爵家に嫁ぎ、子爵家から逃げ出してしまった。
そう、次女のエメラルド嬢を置き去りにして。
いままで二分割されていた体罰といびりが集中して耐えられなくなったのか、彼女は引っ込み思案だけではなく傷を他人に見せられなくなり、家からも出られなくなってしまった。
そして最も不運なことは、彼女は異母妹だったにもかかわらず三女と瓜二つな事だった。
そう、ペリドット嬢はエメラルド嬢になりすまして社交界に参加し、遊びたい放題に遊んだ。
ペリドット・マクリミアンは最低な姉を持つ病弱な令嬢として評価を上げ、当の姉本人は実の父親の子爵からも見放されてもう味方が一人もいなかった。
私の婚約者を誑かしたのがペリドット嬢だと予測した私はエメラルド嬢を救いだし、王家に証拠として突き出すことにした。
しかし、その証拠がいなくなってしまった。
「まさか、ペリドットが取り返しに来た……?」
「いや、流石に違うのでは?」
「そうよね、私もそう思うわ……」
私の婚約者を奪うことも含めて裏で糸を引いている存在がいるはず。
でもその存在を把握することはパーティーまでできなかった。
「お嬢様!大変です!」
「今度は何!?」
「先程、公爵邸に襲撃がありました」
「なんですって!?」
あそこには、隔離していたエメラルド嬢がいるというのに!
「犯人は逃しましたが、何も盗まれてはいないようです」
「もしかして、狙いは最初からエメラルド様……」
だとすれば、先に拐った人は、私達の味方……?
ただでさえ寝不足で頭痛がするのに、分からないことは増えていく一方。
「まあいいわ。状況は最悪だけど、パーティーには参加しなければ。準備して!」




