第959話 舞踊
二人と分かれてマリーナと合流すると、またナンパされていて少し焦る。
美しすぎて目が離せないというのも、それはそれで良くないことがあるんだな……。
僕の妻達も有名で知られているから言い寄って来ないだけで、そうじゃなきゃ言い寄られていたのだろう。
ソーニャさんとか獣人の中では三秒歩いたら求婚されるくらい美人だって話だし、涼花さんに至ってはいまだにファンクラブはあるし二番目でいいからと愛を伝える人もいるらしい。
ホール全体を包み込んでいたざわめきが、不意に静寂に変わった。
中央の扉がゆっくりと、しかし荘厳な音を立てて開いた。
女王の二人が中央に設えられた玉座へと進む間、聖女院から招かれた客や王家以外の招待客たちは一斉に深く頭を下げた。
コツコツという革靴の音と、絹擦れの微かな音だけが、広大なホールに響いていた。
僕も紛れるように頭を下げる。
「皆、面をあげなさい」
ソフィア女王の腕には子が抱き抱えられていた。
一応神体の膜で覆っているけど、これってハイエルフの魔力視対策には通用するのかな?
「報告は?」
「つつがなく。それより、あちらに……」
マリーナの顔を向けた方を少し見やると、やっとこさ目的の人物を発見した。
あれは目元のクマを隠すお化粧……大丈夫かな?
自分も通った道とはいえ、僕、女の子事情に詳しくなりすぎたような……。
「邪神による戦争は終わり、我々は平和を掴みました。これも全て女神様と聖女様のお陰です。私達は邪神を撃ち破った大聖女様のお名前を込め、この子にソアラと名付けました」
ソアラちゃんは左手で支えながら大人の大きな人差し指を小さなお手々の全部の指を使って握っていた。
その仕草一つ一つが生命の尊さを教えてくれているかのようで、この命を護れたことに僕は感謝していた。
「この数千年の間邪神に搾取され、中には奴隷にされたり殺された民も沢山います。そしてそれは我々人族だけでなく、魔族も同様、いえむしろ100倍の人数が死んでいました。魔力の素となる食事は全て邪神に集められ、民の分は用意されず、我が子を養えず口減らしに殺さなければならなかったそうです」
あらかじめここで言うつもりだったのか、はたまた先ほどの件を報告で受けていたのかは分からない。
でも辛い思いをしたのはお互い様で、その僕たちが争う必要なんて何もなかった。
「この子達がもう二度とこのような目に遭わない為にも、我々の時代で和平を築き、二度と殺し合うことのない世界を作っていかねばなりません」
牽制としては立派な行いではあるのだろう。
でもどうしてもさっきの出来事を見ていると、後手に回っている気がしてならない。
高位の貴族には事前に方針を伝えて仲間を作っていれば、こうして争いが起こることもなかったはず。
「新たな世界の門出に、乾杯!」
まぁ目下僕が気にするべきは義妹のことだけだ。
可愛い義妹のためなら、余計な雑音はいらない。
「……案外静かですね」
いや、本当は全く静かなんかではない。
フィリップ君はあろうことかエメラルド嬢の手を取っており、婚約者であるルージュちゃんをまるで付き人のように連れ歩いていたのだ。
<いえ、以前不敬をはたらいた学園のご令嬢に比べたら、些か静かな方では?>
<エルーちゃん、もしかして……胡桃ちゃんのこと根に持ってる?>
<今でこそソラ様は胡桃様をとても可愛がっておられますが、一度は悪に手を染めた人が善行を行いマイナスが0になったことばかり褒めていては、元から善行を行っていた方々が可哀想ではございませんか?>
あれは元はといえば誤解を招いた僕とインキュバスのせいなんだから、胡桃ちゃんは言う程悪くないんだってば。
それにさっきの噂を聞いている限り、胡桃ちゃんは既に罰を背負っている。
彼女が貴族で有る限り、子供の頃にしてしまったことは一生付いて回る。
前を向いている子に対してもうこれ以上、不幸にはなって欲しくない。
<すみません、今更蒸し返して……>
<むしろ猪突猛進だった子が良く考えるようになってくれたんだから、教育だと思って欲しいな。学園の後輩を正しく導いて、その子達がまた下の子を導くんだから>
最初エルーちゃんは冒険者が嫌いなのだと勘違いしていたけれど、僕に対して不敬な態度を取る人のことがどうしても許せないのだと最近気づいた。
空想上の天使のように優しいエルーちゃんにだって、譲れないものはあるよね。
いつか堪忍袋の緒が切れないためにも、僕はもうちょっとだけ、僕自身のことを気にかけておかないといけないのかもしれない。
「まあ、義妹にも考えがあるはず。本当に助けが必要な時でなければ邪魔はしないって決めたからね」
その時、端末からセインの通知が来た。
「無事確保」との連絡にひとまず安堵し、僕はマリーナの手の甲に口付けをする。
「それはそうとマリーナ。僕と一曲、踊ってくれますか?」
「はい、旦那様!」
曲が流れだすとお互いに片手を繋いで見合せ、そのまま僕は手でくるりとその体躯を回し、片手で受け止める。
踊る度にその綺麗な水色の髪がまるで曲線を描くように舞う光景は、珊瑚のある海の中にでもいるような世界だった。
直前まで僕たちにダンスの極意を教えてくれたリリエラさんにもこの姿を見せてあげたかった。
何も起きないのなら、それでいい。
杞憂で終わるなら僕はただ偽りでも貴族であるならば、こうして一度は主と従者ではなく、妻と夫としてただエルーちゃんと踊っていたかった――
「キャアアアアッッ!!!」
「「っ!?」」
しかし運命はいつも僕を悪い方へ持っていく。
「なんだ?」
「何があった!?」
悲鳴のあった場所に駆けつけると、そこにはなんと倒れているララ王女を介抱するルージュちゃんの姿があった。




