第958話 視察
外はピシャリピシャリと雷が降る。
エリス様が怒っているみたいだけど、ルージュちゃんがずぶ濡れで来ちゃったらどうするんだ。
<あなたが身体を大事にしないからよっ!>
<そうです、死なないとはいえ、風邪は引くんですよ!>
いや、僕のせいなの……?
でもシルヴィも熱出してたし、僕たち天使って寝ないと体調悪くなるし食べないと力でないし、不死って言ってもあまり万能じゃないんだよね。
「君たち、喧嘩を売る相手は慎重に選んだ方がいい」
どちらかというと女神様が怒りそうだけど、今の僕は誰でもない他人だから……。
「お前、急にしゃしゃり出て……誰だ?」
「しがない他国の侯爵家からの忠告だよ」
「こ、侯爵家……!?」
大物でも出てきたようにそろりそろりと下がっていくと、そのまま「気分が悪くなった」と言ってみんな去ってしまった。
「マリーナ」
「はい、撮影は済んでおります」
証拠は用意できた。
あとは参加者全員の顔を覚えている宰相さんに話を通しておけばいい。
やりたいだけやって勝手に逃げるなんて許されない。
僕のことならまだしも、国家の軋轢の元は断たないとね。
「よろしい。私は彼らを控え室に連れていくから、宰相に照会してもらって。くれぐれも僕の名前は出さないように」
とはいえ僕の名前出すと最悪首がはねられかねない。
向こうも誤解で牢屋に入れられるのは納得がいかないだろう。
「それ、意味ないと思いますよ……」
呆れた顔で去っていくマリーナ。
妻達が来る前で良かった、来ていたら怒り狂っていたかもしれない。
「あの、助かりました」
「ひとまず移動しよう。貴方達のドレスも直すから」
「えっ」
「貴様……急に現れて、なん……」
「いいから、いくよ」
「ひいっ!?」
二人を引っ張ったとき、ヴァルグリードさんから怖がられるような声が聞こえた。
――休憩室を借りようとしたら危うくVIP用のところを案内されそうになったので、侯爵家だと伝えて侯爵家用のところを案内してもらった。
「も、申し訳ありませんの、名前を存じ上げなくて……」
「僕はカエルム・エドウィン。エドウィンの遠縁とだけ言っておくよ」
「あのマヤ様の……!」
「マヤを知っているみたいだね。彼女も今日来るみたいだけど、あまりこういう場は好きじゃないみたいだから、話し相手になってくれると助かるよ」
実際には親族というか夫なんだけどね……。
「あなたは檜葉……胡桃さんだったかな?少しは落ち着いた?」
「は、はい……。本当に、ありがとうございます」
「なんだお前……ば、化け物……!?」
とりあえずヴァルグリードさんのことは無視して、無詠唱でリカバーと唱えて全員の服をもとに戻す。
「お、おお……なんという綺麗な魔法だ……!」
「この魔法、まさかあなた様は……!?」
光属性の魔法で身に覚えがあったのだろうか、僕だとバレたか?
少なくとも聖女であることは知られてしまったかも。
焦る気持ちを押さえながら片眼を閉じてしぃーっと人差し指を立てて唇に当てると、胡桃ちゃんは顔を真っ赤にしてこくりと頷いた。
「胡桃さん、君も使者の方を守ったことは立派な行いだった。でも何事も一人で全部やろうとするのは良くない。声をかけるにしても、衛兵を呼んでからかけるようにした方が、君の負担が減るだろう?」
「はい。あの、すみませんでした。私、また失敗してしまいましたの……」
ちょっと言いすぎたかな?
「そんなに気落ちしなくていい。君のやったことは誉められるべきことだよ」
頭を撫でて宥めると、ついに黙ってしまった。
「ヴァルグリードさん、あなたもあなただ。使者として来たのだったら、相手を逆撫でするようなことをするなと魔帝陛下から言われていなかったのですか?」
「ひぃっ、は、はいぃっ!」
そんなにビビらなくても……。
神体で外側を皮膚のように覆うことで僕の魔力の多さを隠したつもりだったのだけれど、どうやら先程僕が彼に触れたことでその隠された魔力量の一端に触れたらしい。
魔族は魔力視程ではないが感知する能力があるみたいだ。
それは僕たち人間よりも生きるのに多く魔力を必要とするからこそ身に付いたものかもしれない。
そうなると魔力の多い僕は、魔族から見ると美味しそうに見えたりするのかな……?
それとも……。
「とはいえこちらも一部の者が不敬を働いたことには謝罪する。魔帝国には近く視察の予定があるから、今回のことはあなたが帰国するのについていって陛下に謝罪しよう」
なんかこの間急にエリス様にアビスさんに会ってきなさいと命令されたんだよね。
僕に何かを命令することは珍しいんだけど、もしかするとエリス様はこの未来が来ることを事前に視ていたのかもしれない。
「刺殺……!?まさか、我が国を乗っ取るつもりじゃ……!?」
どう曲解したらそうなるんだよ……。