第957話 愚弄
胡桃ちゃんは魔族を庇うように魔族側に立っていた。
度が過ぎるようなら止めに入ろうかと思っていたが、タイミングを見計らっていた僕よりもずっと勇気のある女の子になっていた。
「なんだお前……」
「檜葉公爵家が娘、胡桃よ。貴族を愚弄するなんて仰っていましたけれど、それならば貴族のルールには従いますのよね?」
「こ、公爵家っ!?」
流石に相手の爵位の大きさに驚いたのか、へっぴり腰になる男達と、その脇で固まる令嬢達。
「ここにいらしているということは、魔帝国からの使者の方。いわば国の代表ですのよ?貴方達の接し方一つで、国の印象も変われば、今後の向こうの接し方も変わってくる。貴方一人の話ではないのが、分からないんですの?」
あのお友達の話を鵜呑みにばかりしていた胡桃ちゃんが自分自身で物事を考え、言葉を紡ぐ。
少し背も伸び、凛々しくなっており、思わず目を細めて笑顔になってしまう。
「ほう。貴様、なかなか強そうじゃないか!あそこに居るへっぽこ騎士モドキ達よりもよっぽどマシのようだ」
「なんだと!?」
体幹の良さに身体強化をしていたことを見破り、魔族の男が胡桃ちゃんのことを褒めていた。
僕が学園で教えていたことも無駄ではなかったらしい。
「人間の貴族が失礼をしましたわ。あなた様のお名前は?」
「我が名は竜魔ヴァルグリード。魔帝アビス様に仕えし側近だ」
竜魔族といえば、竜の姿にはなれないが羽を生やして飛んだりできるらしいとエリス様にこの間教えてもらった。
「やはり、魔帝陛下の……。大変失礼いたしましたの。この者達にはよく言い聞かせておきますので」
「いや、分かれば良い」
気分を良くしたヴァルグリードさんは剥き出そうとしていた矛を納めたようだった。
「はっ、思い出した!檜葉公爵令嬢っていやぁ、大聖女ソラ様に楯突いた大馬鹿者って噂じゃねぇか……!」
「では、その腹いせに、魔族と手を組んで……」
「つまり、人間の裏切り者ってワケだ」
「過去の私に至らない点があったことは認めましょう」
僕は問題ないと聞き取れるギリギリのところまで離れていたのが仇となった。
「なっ……!?」
令嬢の一人がグラスを手に取った途端、予備動作なく注がれていた赤ワインをぶちまけたのだ。
「でしたら、洗い流して清算して差し上げましてよ?」
「っ……」
勢いよくワインを被った胡桃ちゃんだが、令嬢の散水技術が凄いのか全ては受け止められず、ヴァルグリードさんにもかかってしまっていた。
毎度思うけど、令嬢というものはそういう教育を受けているのだろうか?
まぁでも社交の場で魔法を使うのはNGだし、それくらいしか武器はないのだろうけどさ。
僕なんてぶどう農家の方々に顔向けできなすぎてそんなことできないよ……。
「気は、済みましたか?」
彼女は過去の自分と重ねているのだろうか?
少し落ち込む仕草が気に触ったのか、今度は他の令嬢が持っていたグラスをかけてきた。
とはいえ、二回目は流石にいただけないから――
「そこまでにしときなよ」
僕が被ることにした。




