第956話 亀裂
邪神が討伐された後、エリス様は邪神が居た魔境の奥に国があることを発見した。
その魔境の奥には魔帝国と呼ばれる国があり、邪神の支配下に置かれていたらしい。
ゲームでは魔境で行き止まりで、その奥なんてものはマップ上でも存在しなかったから、僕は知り得なかった。
だからアビスさんという存在が現れたときに心底ビックリしていたのだ。
僕が知る魔族は魔王、四天王、そして邪神しか居なかったから。
ダークエルフが魔族のサキュバスとエルフの混血から生まれることも僕達が邪神を倒してから知った事実だ。
魔族の間では力が絶対で、一番強い存在が魔帝となる。
また貴族と平民の基準も普通になく、比較的強い存在が貴族となり、弱くなれば貴族の座を奪われる、完全実力主義だ。
邪神はもちろんその中で一番強い存在だから魔帝になるのに障害はなかった。
そして邪神は魔帝国の民や貴族を奴隷のように扱い、自分が魔力を集めるための道具としか思っていなかった。
そして邪神が討伐された今、魔帝国は邪神の娘であるアビスさんが治めている。
正確にはアビスさんの存在は知られていなかったので、邪神が死んだことが知られてから次期魔帝の争奪戦で一悶着あったみたいだが、カンストステータスの凛ちゃんを一撃で戦闘不能にしたアビスさんがやられるわけがなかった。
戦争が終わったものの、この戦争は旧魔帝である邪神と聖国含む五国の連合軍との戦争だった。
魔帝国は民が関わっていないが、敗戦した以上、五国に対して責任を取らなければ五国の民達も納得しない。
でも魔帝国の貴族や民達も被害者。
価値観こそ多少違えど、彼らも邪神に搾取され続けてきた存在であることには変わりない。
そこでエリス様が提案したのは和平条約を交わしてもうお互いに争わないこと。
ただ詳細を知らない人達からしたら、これまで何千年とお互いに悪だと教えられてきた。
人間は一部の魔族に奴隷にされたり殺されたり、病に冒されてきたし、僕たち聖女がそう教えてきてしまった。
魔族は邪神が自らが他の魔族達を貧困にさせておきながら、「我々が貧窮にあえいでいるのは女神が作り上げた人間達のせいだ」という作り話まで用意して、彼らを調教してしまった。
だからそんな和平がすぐに受け入れられるわけがなかったのだ。
「本当ね。魔族って聖女様を苦しめた元凶なのでしょう?」
「東の国では聖女様だけでなく、国ごと乗っ取ろうとしたなんて話聞きましたわよ?」
「人々を支配したり、病気にさせたりしたんですって……」
「まぁ、魔族というのは、恐ろしいですのね……!」
質の悪いことに、令嬢達はわざと魔族の人達の居る近くで井戸端会議が始まってしまった。
上がそうだと決めたとしても、下の人たちは全てを知っているわけでもない。
だが、それを聞いていた魔族も、聞いているだけではいられなかった。
一人のスーツ姿の3つ角の男が前に出てきて、伺うように尋ねた。
「貴様ら、喧嘩を売っているのか?」
「な、何よ……!」
「先程から話を聞いていれば、人間はコソコソと陰口を言うだけの弱者ばかり。民を纏める存在がこんな弱者ばかりでよく務まるものだ」
価値観の相違が、段々と無視のできない亀裂になっていく。
「なんだと!?貴様、我々貴族を愚弄するか!」
「そこまでになさい!」
その魔族の話を聞いていた令息の男子が睨みつけ、今にも殴りかかりそうになったその時、僕達が止めようと動くより前に前に出た存在がいた。
「あなたたち、わざとやっているのでしたら、とんだ大馬鹿者ですのよ」
「なっ……!?」
あ、あれは……胡桃ちゃん!?




