第954話 社交
聖影と調査はしたものの、ルージュちゃんはルージュちゃんできちんと証拠を集めていたことが判明した。
やはり彼女はやられてばかりではなかった。
僕が思っている以上にとても強かな女の子だ。
だから僕が出来ることといえばどちらかというとサポートと心の労いだ。
結局帰ってから会っていなかったし、きっと心労も溜まっていることだろう。
夜、普通にパーティーに参加する涼花さん達と分かれ、僕たちは裏口から入る。
招待状の青色を見てぎょっとした守衛の方が執事さんに伝えて丁重にもてなせと伝えてVIP席に案内される。
聖女院の招待客はルークさんか元貴族、または聖女本人かその家族くらいにしか招待状を渡されない。
聖女院に帰属した貴族というのは社交界で周知のため、招待状の色が青で知らない名前だった場合、聖女の家族かその本人かのどちらかだ。
そして今はSNSで僕の妻達は知れ渡っているため、そのうちの誰かが変装して名前を偽っていることは分かる。
「僕たちは守る必要はないので、陛下には内緒にしておいてください」
「は、はっ……!」
多分僕が誰であるのか察したのだろう。
たとえ聖女院に所属になっても、本人が王族でない限り聖女院に帰属する前は王族より下の立場だった。
だからもし偽名を使ってパーティーに参加できたとしても、実際にそんなことを企てる度胸があるはずがないのだ。
そんなことができるのは、王家の序列を無視できる聖女本人。
むしろ守衛さんにはバレておいた方が、面倒事を起こさずに済むだろう。
「カエルム様、パーティーに望む前にご忠告を」
「何だい、マリーナ?」
「あまり笑顔を振り撒かないでくださいね」
「む……僕の顔はそんなにこわばっているかな?」
先ほどの会話でビビられたのは、もしかして僕がソラだとバレたのではなく、単に顔が怖かった可能性があるのかな?
あまり怒りの感情は出さないように笑顔で塗り替えていたのだけれども。
「いえ、あまり良くないことが起きる気がしますので……」
「マリーナが嫉妬するなんて、珍しいこともあるものだね」
「いえ、単に失神してしまわれる人が続出してしまう懸念が……」
「そんなわけないだろう。ま、仮にそうだとしても、僕はマリーナと以外は踊るつもりもないよ」
今の僕はカエルム・エドウィン。
ここにいるであろう涼花さんやエレノアさん達とも関係ない他人として参加しているのだから。
「まぁ!あそこの殿方……」
「素敵だわ、どこかの令息かしら?」
初めて見る存在なのか、少し目立っていた。
短髪が効いたのか、ソラだとバレることはないみたいだ。
ハイエルフの王族にはバレるだろうけど、別に彼らには隠す気はない。
とはいえハイエルフはツェン家とゼクス家くらいしかここにはいないだろう。
見渡すと、知っている顔も多いな。
三年間で結構知りあいができたのは嬉しいことだが、その九割五分以上が女性だということに驚きを隠せないでいる。
「少し広いな……」
「まだいらしていないかもしれませんよ?」
「いや、爵位が低い者ならば早めに来るはず」
<手分けして探そう。見つけたら念話で教えて>
<畏まりました>
そうして二手に分かれた時、わらわらと淑女がこちらに押し寄せてくる。
「ごきげんよう、高位のお方とお見受けしますが、お名前をお伺いしても?」
流石に聖女院が総出で用意した上等な燕尾服だ。
大方その身なりで相当な爵位の貴族だと踏み、挨拶をしないと失礼だと考えたのだろう。
そうやって貴族同士のコネクションを図ろうとするさまは、令嬢であってもやはり立派な貴族なのだと実感する。
「申し訳ないが、お忍びで来ているから姓は名乗れなくてね。僕のことはどうかカエルムと呼んで欲しい」
「まぁ、カエルム様……!」
「素敵なお名前ですわ!」
王家のパーティーにお忍びで来れるのは、王家かそれ以上の存在であることを察した令嬢達はごくりと唾を飲んだ。
本来名前を言うだけで褒められるなんてあり得ないが、相手が王家以上の存在ならとりあえず褒めてご機嫌を伺うのがセオリーなのだろう。
褒めて罪に問われることなんてあり得ないのだから、とりあえず褒めておけというのはあるのかもしれない。
囲んできた令嬢は大体18歳前後のご令嬢のようだ。
その中には僕でも知っている聖女学園の生徒もおり、どれもまだ婚約者のいない次女や三女だった。
……ん?婚約者のいない……?
「相方がいらっしゃらないようでしたら、私と踊るのはいかがでしょう?」
「あっ、わたくしが先にと申しましたのよ!?」
「二番目でも構いませんから、素敵な夜を過ごしましょう?」
あっ、迂闊に二手に分かれるんじゃなかった……。




