閑話255 遺伝子
【アビス視点】
「はむっ、はむはむ、はむむむむっほれへ、ぼふにはんほほうはほ?」
『食べるか喋るか、どっちかにしなさいよ。全く、はしたない女ね』
「んくっ、んくっ、ぷはぁーーっ!いいじゃないか。僕を縛る人が居なくなったんだから、少しくらい羽目を外させてよ。今までまともに食べなかったから、力も出なかったんだよ……」
ここは魔族の住む魔帝国だった場所のお城だ。
僕はお父さんの近くに居ることしか許されていなかったから、僕や四天王、セイラ以外の魔族が居るなんて知らなかった。
ここが帝国なのはお父さんが勝手に自分の住み家である火山の奥にあった魔族の住む国々をすべて実力でねじ伏せて支配してしまったからだ。
お父さんが亡くなった後女神と一緒に資料を漁っていたところ、この帝国の存在が明らかとなった。
どうやら奴隷のように働かされすべて搾取されてきたようで、民も貴族も痩せこけていた。
僕はひとまず同じ魔族の代表として「もう邪神の支配はなくなったから普通に生活していい」と伝えに言ったのだけど、そこで事件が起きた。
何千、何万年と搾取されるのが当たり前の生活を送っていたのだから、前例のないことを言われてもどうやっていいのかが分からなかった。
それに彼らは魔族。
魔族には魔族のルールがある。
それは、弱いものの意見には従わないということ。
そう言われて襲いかかられたものの、お父さんと魔王亡き今、ステータスだけは優れていた僕に誰も敵うはずもなかった。
そうやって説得しては伸していったところ、僕がここら一帯を統治してしまった。
『ソラ君の方が立派に淑女やってるわよ。カラダもこんなにだらしなくなって……』
「もうセイラもいないんだからソラの真似をしている必要もないでしょ?それにだらしないって、ただ栄養が胸に行ってるだけじゃん」
『それに仮にも王なんだから、威厳というものを持ちなさいよ』
「ソラも威厳ないじゃん」
『ソラ君はソラ君だからいいのよ』
なんだそれ、理不尽じゃん……。
ひたすら肉ばかり来るのはメイドが運んでくるからだけれど、魔力を蓄えておきたい僕としては魔力の元である魔物の肉ならなんでも良かった。
魔族はその魔力の量によって美しさが変わる。
セイラが美しかったのは、魔力量が多かったから。
僕も沢山食べるようになって、体つきに変化がすぐに現れた。
それまでの遅れを取り戻すかのように、一晩のうちに僕は理想の身体を手に入れた。
「これなら、ソラも振り向いてくれるかな……?」
『あなたみたいな食っちゃ寝してる豚女、好きになるはずないじゃない』
「そ、そんな……!?それで、何の用?」
『不本意だけど、あなたも私の身体を取り戻してメフィストを倒すのに一役買ったから、褒美をひとつだけ叶えて上げるわ』
「じゃあ、ソラと……」
『却下よ。ソラ君が妻にする人はソラ君が決めるの。私が口を出すべきではないもの』
「いや、違うんだよ。僕じゃあ他の魔族と子作りができないんだ」
僕はステータス上は邪龍神族ではあるけれど、神体の中でも邪神に作られた、謂わば天使。
天使は女神や邪神のように神と呼ばれる存在ではないので、神体を新しく作り出すことはできない。
女神エリスは死んだ人の魂からシルヴィアを産み出したが、シルヴィアは同じように神体の存在を作ることはできないのと同じことで、「神」と神によって作られた「天使」の権限の差があるだけ。
では僕たち天使と呼ばれる存在がどうやって種の数を増やすかといえば、それは生殖行為だ。
今のソラの身体のような特別製でない限り、基本的には天使は神または天使の遺伝子同士でないと子が作れない。
『……つまり、王として嫡子が欲しいのに、作れないから種を寄越せと?』
「そう。そして天使の種を出せる存在は、この世界ではソラだけ。そう仕向けたのは女神、あなたでしょ?」
『単に邪神を殺したから男神か男天使がソラ君しか残らなかっただけじゃない……』
「褒美を、くれるんじゃなかったの?」
女神は苦虫を噛み潰したような顔をして僕を睨み付けた。
『話は通すけど、決めるのはソラ君本人なんだからっ!』
吐き捨てるようにして飛んで出ていった。
「お食事の続きをなさいますか?」
「いや、彼を呼んできて」
「もうドアの前にいらっしゃいます」
「早っ!てか、聞いてたでしょ……?」
角三つの竜魔族のスーツ姿の男が派手な装飾の扉を開けて入ってくる。
「大声で話していらっしゃるのに、盗み聞きも何もございませんよ」
「聖国の生誕記念パーティー、まだ和平条約締結前に僕が行くわけにはいかないんだ。だから比較的礼儀のなってる君にお願いすることにした。多分嫌味を言ってくる輩も居るだろう。君の仕事は、波風立てずに行って祝って、帰ってくる。ただそれだけだ。いいね?」
「言わずとも分かります。アビス様を惑わす不届き者に制裁を……」
「話聞いてた?ソラに手を出したら、お前を一生赦さない。地の果てまで這いずり回って絶対に殺す!!!」




