閑話254 疫病神
【柊凛視点】
「えっ、無効……?」
『そうよ。そもそもソラ君を天使にするのは私の意思なんだから、あなたの願いは無効に決まってるでしょ。私だってそこまで薄情じゃないわ』
「そ……んな……」
責任から逃れられると思っていたのに。
『あと願いを叶えるのはあなたとリョウカとソラ君、それにああ、あの転がり込んできた魔族も居たわね……』
エリちゃんはアビスさんのことをしばしば悪く言う。
あんなにできた人……いや魔族はいないと思うけど。
『ソラ君の後を追うのもいいけれど、あなたは成人する二年後までは駄目よ。あなた達はソラ君やエルーとは違って、まだ選択できるのだから』
今後の人生を選べと言われても、そんな大きな決断……私にできるわけ無い。
こんなことなら私も選択肢がどちらかしか選べなければよかったのに。
『恋のライバル時代は終わりよ、リン。結婚が幸せのゴールなんて決めつけるのは、おやめなさい。私はあなたにも幸せを追い求めてほしいんだから――』
「ぷはー、今日もウシのチチがうめーうめー」
「はしたないですよ、真桜様。お茶会なのですから、もっとお上品になさってください」
「あら、セリーヌ。ちょうど良かった。あなたのおミルクいただきますわ!」
「お上品な言い方に変えることは、セクハラしていいこじつけにはなりませんよ?」
「くぅっ……、俺の専属メイドのガードがこんなに堅いわけがない……!」
天先輩を救いたいという私の願いは無効だったらしい。
あの場でなにも出来なかった無力な私が唯一出来たことは、女神であるエリちゃんにお願いすることだけだったのに。
「リンちゃん元気ないね。どしたの?話聞こか?てかセインやってる?」
今の私は頭の中の整理をするために猫の手も借りたい気持ち。
だからダル絡みしてくる真桜ちゃんでさえ私にとっては救いだった。
「ふーん、そっか。なんか現実離れしすぎよね。『若者の現実離れ』って感じ」
一歳児に若者とは何かを説かれるのは解せないだろう。
「真桜ちゃんは永遠に生きられるか選べるとしたら、どうする?」
「うーん、私は別にいいかな。1000年生きてたら飽きちゃいそうだし。あんな痛いのは二度とごめんだから、ほどよく長生きしてのんびり過ごしたらあとは痛くない感じで死にたいかも」
「そ、そうだよね……」
「リンちゃんは具体的に何が怖いの?」
真桜ちゃんは私が永遠の命を受け入れられない理由を作っていることを見抜いたらしい。
私は自分と深く関わった人に不幸を与える、疫病神だ。
実母が亡くなり、実父にはお前といると再婚できないし貧乏になる一方だと言われ嫌われ続け、新しい義母にはあなたみたいなおまけ必要なかったと言われた。
学校ではあなたがいると誰も幸せにならないと言われ、そしてあの時天先輩が私の代役を務めていなければ、天先輩が学園の嫌われものにはならなかった。
そしてこの世界に来ても……天先輩とエルーちゃんが天使になってしまったのも、全部全部、私が関わったせいだとしたら?
「うーん、卑屈だなー。でもリンちゃんの視点で決められないのなら、愛しの推しの視点から物事を決めてみるのはどう?」
「でも、それなら尚更私みたいな不幸を呼び寄せる存在とは長く一緒に居たくは……」
「リンちゃんは一人で悩んで暴走するタイプだけど、案外向こうはそう思ってなかったりするよ?そもそも嫌っているのに結婚はしないでしょうし、そんな境遇にあるのならエリスがこの世界にリンちゃんを連れてこなかったはずでしょ?」
能無しの私の陰気臭い計画が、悉く論破されていく。
そのそうであったらいいなという道筋が、私には見つけられないものだった。
「ソラちゃんとしては生きるために仕方なく永遠の命を手に入れたでしょ?だから今、とっても不安になってると思わない?『僕はこれから沢山の大切な人を見送らなきゃいけなくなるんだ』ってさ」
「あ……」
私、どれだけ身勝手な考え方してたんだろう。
卑屈になっても自分のことばかり考えるなんて、心の中で自分が可愛いとでも思ってるんだろうか。
こんな頭の悪い自分が心底嫌になる。
真桜ちゃんはセリーヌちゃんに抱っこを催促して、そのまま抱き抱えられ、まるで乗馬して去るかの如くさようならのハンドサインをしながら去り際の言葉を紡いだ。
「『人にして人を毛嫌いするなかれ』ってね。大いに悩めよ、若人よ!」
だから、あなた一歳児でしょ……。