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男の大聖女さま!?  作者: たなか
第31章 頽堕委靡
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第943話 甘言

「はぁ、散々な目に遭った……」


 夜、先にお風呂をいただいて上がると、ちょうど涼花さんが共同スペースの鏡の前でヘアゴムを咥えて髪をまとめているところだった。

 彼女も温泉の方を利用していたらしく、ショート丈のタンクトップの上に半分透けているような涼しげな上着を羽織っていた。


「久し振りに再会したお父上殿だろう?積もる話もあるだろうに。今宵は戻らないと思っていたが……」


 親衛隊の騎士はいつも訓練や遠征中は騎士服、事務仕事中は軍服のような制服を着ている。

 騎士服姿は体のラインが出るような伸縮性のパンツスタイルで機能性に優れているものの、正直目のやり場に困る。

 

 軍服もなんだか警官のようで、部下の皆さんが毎日やる気を出して励むのも分かってしまう。

 こんなお姉さんに手取り足取り教えて貰ったり一緒に切磋琢磨できるなんて、男としてはそれだけでご褒美ものだ。


「戻るよ。その……」

「?」

「ぼ、僕だって……その……欲求不満になることはあるよ……」


 今日の女湯は薔薇湯だったらしく、近づくだけで甘く優雅な香りがする。

 天使になってから、そういった感情がなくなるのかと思っていたが、そんなことはなかった。

 でもよく考えるとシルヴィもよく発情しているし、僕も現人天使みたいなものだから人としての欲求は変わらずあるのだろう。

 というより、本来そうできたはずなのにエリス様がわざと僕にそういう人間らしさを残したのかもしれない。


 そして僕だって邪神と姉を倒して死にかけて、しばらく身体を擦るとボロボロになる副作用のせいでろくに解消をしてこなかった……というかできなかった。

 だからそれができるようになって、記憶も思い出して、僕は数週間と貯めていて爆発しそうな感情を抱えていた。


 「可愛いな」と呟く涼花さん。

 いつもならこのセリフでOKのサインだと分かって抱きついていた。


 そんな逸る気持ちの矛先が今まさに涼花さんに向いて、そのままの勢いで甘い吐息を出しながら抱きつこうとした。

 すると涼花さんは僕の小さくなって近づいた唇を爪を立てないように人差し指でそっと優しく塞いで押し退ける。


「んむっ」

「それは、オアズケ、だ」


 まさか生理が来ていてもよがる僕を見て癒されるためにするような涼花さんに断られるとは思ってなくて、思わずしゅんとしていると、彼女はくすりと笑みを浮かべて僕にハンドサインを出した。

 左を指差すと、そのまま涼花さんは手を払って個室に戻ってしまった。

 指差した方を向くと、お風呂から上がったエルーちゃんが待っていた。


「ソラ様……私、ソラ様がお戻りになるまで、ずっと我慢していました。ですがもう、我慢できなくなってしまいました……」


 やっと再会した奥さんが、僕と二人きりだけの時に見せる、少し甘えた仕草。


「僕もずっと我慢してたから、今日は沢山しちゃうかもしれないよ?」

「の、のぞむところです!」


 涼花さんにお膳立てされてピークに達していた情熱が脈打つのを見て、エルーちゃんは羽をぱたぱたと少し動かしながら抱き締めた。


「そういえばこの神体(からだ)になってからするのは、初めてのことですね」

「そういえばそうだ。僕も初めてになるのかな」


 だから涼花さんや皆は譲ってくれたのか。

 僕、何にも分かっていなかった。


「初めて、また貰ってくださいますか?」

「もちろん。僕の初めても、また貰ってね」


 そこまで言って軽くキスした時、エルーちゃんは顔がふやけたように真っ赤になった。


「ええと、ソラ様にご提案があるのですが……」

「?」

「その、初めてはそれ、付けないでしたいです……」


 そう言いながら、僕が常に腰に付けていた避妊魔法具に手を掛けてすりすりと動かしてくる。

 エルーちゃんとは帰ってきてから子作りすることは約束していたし、お互いに死にかけた同士の身としては、命や魂があるうちに、お互いの子を産みたい気持ちが高まってきていた。


「さすがにお腹大きくさせた状態で結婚式を迎えるのは……」


 結婚式は一ヶ月後に決まって既に動いている。

 世間の目なんて今さらだから気にしていないけど、エルーちゃんやドレスを用意してくれているみんなに負担がかかるようなことはしたくない。


「今日は安全な日、ですから」


 とくんとくんと、鼓動が早くなっていく。


「それにもし初めて同士でお子ができてしまっても、それはそれでとても良い思い出になりますから」


 ああ、この子は僕の心を掌握することを知っているのだろうか。

 どちらにしろお互いに責任は取るつもりでいるからこそ、こんなことができるのだろうけれど。


「責任は、取るからね」

「はいっ、私の旦那様っ♪」


 確率は低くさせておきながら、子ができるかどうかは神様――いや、女神様次第。

 そんな甘言に乗せられ、僕はこれから漕がれる船の中に身を任せていった――

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