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男の大聖女さま!?  作者: たなか
第31章 頽堕委靡
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第939話 失格

 沈黙の時間がしばらく続いたが、それを破ったのは父の方だった。


「……天っ!」

「っ……」


 じっと距離を詰め、僕の肩につかみかかろうとした父に僕はかつて右手で思い切り殴られたあの日のことを思い出した。


「っっ……!?」


 僕の身体は神体でできており、たとえ腕がもげたとしてももとに戻るくらい不自由なところは何もないはずなのに。

 まるで金縛りにあったかのように足が動かずその場に膝を付き、手と羽は顔を守るように覆い隠し、その状態から全身が震えつつも動けないでいた。


 いくら僕がこの世界で数少ない光属性を持つ聖女だと言われてこようとも、あくまで井の中の蛙。

 外の世界から来た人達にとってすれば、そのような身分なんて何の意味も持たないものだ。


 思い出した。

 はじめから……いや、生まれたとからきっと僕は搾取される側と決まっていたのだ。

 きっと、前世の神様からそう定義付けられた存在なのだと思う。


「お父上殿、順序が逆では?」

「ハジメ、貴様……立場を弁えろ」

「ひぃっ……」


 奥の部屋にからやってきた涼花さんと手から飛び出してきたハープちゃんが怯える僕の雨避けになってくれていた。

 僕は父親と対峙するだけなのに、他人を、それも妻を間に挟まないと会話すらろくにできないなんて、情けないの極みだ。


「立場を弁えろ?俺はこの子の実の父親だ!あんたたちは、天の何だ?」

「私は主のツガイであり光の神獣、教皇龍(ハープストドラゴン)だ」

「ソラちゃんの妻の一人であり、同時にソラちゃんの専属護衛隊の隊長でもある、橘涼花だ」

「天、お前もしかして……妻が複数いるのか?」

「っっっ……!?」


 僕は会話がろくにできないまま、話は最悪の方向に向かっていく。

 前世で浮気を理由に母と裁判で争った父が、今の僕を見て肯定するはずがなかったのだ。

 手を握りしめるお父さんは今、どんな顔をしているのだろうか?

 それを見上げて確認するだけの度量が、今の僕にはなかった。


「「ソラ様……!」」


 エルーちゃんとメルヴィナお姉ちゃんが手を握っていてくれる。


「お父上殿、どうして今あなたを前にしてソラちゃんが喋れなくなっているか、分かっておられるか?」

「い、いや……」

「主はお前がトラウマなんだ。心当たりがないとは言わせん」

「私の母もそうだったが、酒が入った時ほど人は本音を喋るという」

「酒……トラウマ……あっ」


 思い出すのに時間がかかるくらいに忘れていたのか、それとも忘れていたかったのかは定かではない。


「やられた側はたとえ一度だけだったとしても、悪い思い出というものは良い思い出よりも忘れられないものだ。疑問を聞く前に、そして手を触れるより前に、あなたは最優先にすべきことがあるのではないか?」

『ハジメ、あなたは親として振る舞う前に、過去のあなたが親失格であったことを認めて子に伝えるのが先でしょう?子は案外親をよく見ているものよ』


 そこまで言う前に、お父さんは両手と膝をついていた。


「本来なら先に謝るべきだったが、心配が先に勝ってしまった。天、あの時は本当にすまなかった……。許してくれとは言わないが、謝らせてくれ」

「私だって、私達のために毎日頑張って稼いできてくれていたお父さんを蔑ろにしてしまって、ごめんなさい」

「いや、俺が変なプライドを持たなければ良かっただけだ……」

「いいの、もう……」


 小太りの男と、女装してる男のふたりが、情けなくも静かに泣きながら抱き締め合っていたが、それを嗤う人はそこにはいなかった。

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