第937話 供物
「ソラ様、こちら供物です」
「こちらもいただいておりますよ」
イルカさんのぬいぐるみに、オットセイさんのぬいぐるみ。
ペンギンさん、タコさんなんかまでいる。
ぬいぐるみ業界では今、海の生き物シリーズが流行っているらしく、このような品々が届くのだ。
「快気祝いって、そもそも記憶戻ったの今さっきのことなんだけど……」
「元々は『早くソラ様の具合が治りますように』との願いが込められた贈り物ですから。記憶がなくなったときにいただいても困惑するだけですから、しばらく受け取っては溜めていたのです」
「ね、ねぇ……でもそれにしても多くない?聖女院外からの贈り物は原則禁止なんじゃなかったの?」
過去に民から聖女に捧げる供物……いわゆるファンプレゼントのようなものはできたのだが、聖女の人気が絶大になってきた頃には送る量が多くなってきたり、下着などの変なものを送ってくる人が出てきたらしい。
そのため僕たち聖女には直接物は送れなくなった、という経緯がある。
「香りの強くないラベンダーの芳香剤を探しているが市販を探しても売っていない。売っている場所とその見本をください」というように、僕たち聖女の方から民の皆さんに具体的にお願いしたときだけは例外的に受け取れるらしい。
「これらは全て、聖女院内からの贈り物ですよ」
「聖女院も人数が多くなりましたからね。余るようでしたら、抱き締めてから送り返せばいいのでは?」
「そんな、ぬいぐるみさんたちが可哀想だよ……」
だから『さん』付けしたくらいで口に手を当ててきゅんとしないでよ。
「ソラ様が抱き締めてくださっただけで、それは御守りとなるのですから。商売にもなるかと」
「そんな商売はしたくないよ……」
それこそ、アイドルが触ったからプレミア価格付くようなものじゃん……。
「既にエリス様はそれで生計を立てられていますよ」
何してんの、あの女神様……?
「再び現人女神になられてから必要になったそうで、数万年前の通貨しか持っておらず無一文になってしまわれたからだそうですよ」
「エリス様ならお金払わなくても、みんな捧げてくれるんじゃない……?むしろ金銭のやり取りなんかしたら不敬というか……」
「女神様もそういうのは望まれていないみたいです。裕福な家庭なら供物として捧げる余裕があるでしょうけど、そうでないところもございますから。それにお忍びで下界に降りるときもございますからね」
割と僕たちと価値観近いんだよな、女神様。
「ほら、抱き締めて!はい、チーズ」
僕が海の生き物シリーズの中でも特にお気に入りのアザラシさんの大きなぬいぐるみを抱き締めていると、アヴリルさんが横から撮ってきた。
曰く快気祝いとしてSNSにアップロードするネタらしく、何故か唐突に始まる撮影会。
「「かわい~~~い♪」」
「小さな天使の羽がついて、可愛さが一層増しましたね」
「それ、エルーちゃんには言われたくないんだけど……」
「アザラシソラち、破壊力ヤバみ……」
それだと僕がアザラシになったみたいじゃん。
でもこうやって妻のみんなが構ってくれるのって、久しぶりで懐かしいな。
きっとみんなも寂しかったのだろう。




