第94話 線引
「ソラ様が……男の子……!?」
この空間だけだけれども、やっと嘘つきの自分から解放され晴れやかな気分となった僕は、差し出された紅茶に手を付ける。
「美味しい……」
しばらく固まっていたフローリアさんはやがて口を開いた。
「ほ、本当に……?ウソじゃないわよね?」
「ええ。私はエリス様に性別を隠してこの学園に入るように言われました。何故か今でも隠し通せているのが不思議でならないのですが……」
「いや、そんな可愛い見た目じゃあ男の子だなんて全く信じられないわ……」
散々言われてきたけど、「全く」と断言されるのは解せない……。
せめてもの抵抗に、僕は椅子から立ち上がって辺りに人がいないことを確認してから、アイテムボックスを使い一瞬で男装に着替える。
「その格好でも、女の子に見えてしまうわね……」
「う……」
もうどうしようもないじゃん……。
流石に女性に下を見せる癖はないので、これで信じてもらえないならもうどうしようもない。
「ちょっと、失礼して……」
そう言うとフローリアさんがにこやかに僕の下をむんずと掴み出した……!?
「ちょっ!?なにすふぅんっ……」
「ほ、ほんとについてる……」
ふにふにしないでっ!
「も、もう判ったでしょう!?」
「あ、ああごめんなさい。つい……」
つい……じゃないよ……もう。
フローリアさんがこの寮の良心だと思ってたのに……。
「このことはエルーちゃんとかルークさんとか、聖女院でも極一部の人にしか明かしていない内容なので……できれば内緒にしてもらいたいです」
「そ、それは構わないけど……ど、どうしてそのことを打ち明けようと……?」
動揺を隠しきれない様子のフローリアさん。
「僕は皆さんのことを新しくできた大切な家族のように思っています。でも僕自身は皆さんとは違って男ですから、男ならではの問題もあります。僕にとっては皆さんと親密になりすぎるのも良くないんです」
「そ、それは……」
「ですから、なにかが起こってしまう前に、大人であり保護者でもあるフローリアさんにはお伝えしておかなければならないと思ったんです。止めてくれる大人がいれば、大惨事にはならないかもしれませんから……」
僕にとっての保険は多い方がいい。
「……そんなに線引きし過ぎなくてもいいんじゃない?」
「これまで性別を偽り、戸籍も名前も何もかも偽ってきました。僕自身、皆さんに申し訳ない気持ちでいっぱいでした。だからこそ、最後の一線だけはちゃんと偽らずに引いておかなきゃいけないんです。僕はこれだけは譲れません」
「でも、それじゃあソラ様の負担が大きいんじゃ……。今日だって、そのせいで倒れたんでしょう?」
「はい。僕一人では無理だったみたいです。だから、フローリアさんにお願いしようとしているんです」
僕は、机に頭を付けてお願いをする。
「最低な事だとは重々承知で、協力していただけませんでしょうか……。僕が線の外を越えてしまわないように」
沈黙が少し訪れ、やがて破られる。
「顔を上げて、ソラ様」
ゆっくりと顔を上げると、立ち上がって僕の傍へ寄るフローリアさんがいた。
「私ね、ソラ様に貰ってばっかりで、何も返してあげられなかったのが心苦しかったの。以前エルーちゃんには『おかえりなさい』って言ってあげるだけでいいって言われたんだけど、それでも私達は受け取れないくらいの恩を貰っちゃったもの……」
みんなして魔王の功績を過大評価してくれる。
「だから今『ソラ様の役に立てるんだー』って、私嬉しいの。私で良ければ、これからもなんでも相談してね」
「ありがとう……ございます……」
僕を抱き締めて暖かく包み込んでくれるフローリアさんの優しさに、相変わらずの涙脆さが顕れた。




