第936話 帰天
「うああああっ!!」
「ソラ様っ!!」
エルーちゃんが思いっきり僕に抱きつく。
すると僕の全身の黒色がまるで吸い取られるようにエルーちゃんの手から伝染していく。
「お、おい!これ、大丈夫なのか……!?」
「やめてぇっ……わたしに、さわらないでぇぇぇっ……!」
そんなことしたら、エルーちゃんが、穢れちゃうっ!
「わたくしも肩代わりいたします」
『大丈夫よ、ソラ君。私たちが堕天なんてさせないんだから!』
「やめて……やめてよぉ……!」
エルーちゃんと僕を包み込むようにメルヴィナお姉ちゃんとエリス様が抱き締めてくる。
僕の黒い感情を分散させ、チリチリとその身体を焼くも、エルーちゃん達は皮膚を神力で再生していく。
「では、私達も……」
『絶対にやめなさい!これは神力の塊。人間のあなた達が同じことをやったら皮膚が焼けるどころか、内蔵まで焼けて死に至るわ』
「ですが、ソラちゃんから記憶を取り戻せていないのならば、我々は死んでいるも同然ではありませんか?」
『絶対に駄目よ!記憶が戻ったソラ君に、一生の傷を作るつもりなのっ!?』
涼花さん達は、既に思い詰めていたのだ。
一向に記憶は戻らず、最愛の女の子だったエルーちゃんに離婚まで持ち出すほど気が狂った男なんて、相手にしていられないのだろう。
エリス様がお父さんをこの世界に呼んで、出会ったこの一度きりの傷心に賭けて、もうこれを逃したら自分が生きているうちに記憶が戻らないかもしれない。
ならば、一人が死んでもいいから記憶を取り戻した方がマシと考えても、おかしくないのかもしれない。
「やめて、さわらないで……」
でも、そんなことで命を落とすなんて駄目だ。
僕が
「 やめてええええっ!!!! 」
次の瞬間、僕はまるで魔法のような真っ白な光を発した。
「きゃああっ!?」
「おわっ!?」
その光は僕や撒き散らしていた黒い感情や黒い神力を浄化しただけでなく、周りにいた人々を全て吹き飛ばした――
「んん……」
「「ソラ様!!」」
僕を抱きしめるエルーちゃんの天使の羽が尻尾を振るかのように震えていた。
「ぼく……どうして……」
「頭を打たれて気絶していたのですよ」
「その、頭は大丈夫ですか?」
起きかけになんてこと聞くんだ……。
まぁでも最近の僕は頭がおかしいと思われても不思議じゃなかったかもしれない。
少なくとも彼女達にはそれを言う権利がある。
『荒療治は成功したみたいね』
「えっ」
なんのことか分からずにいるエルーちゃんの唇を奪った。
僕が僕であることの確認に。
そして忘れた僕も、思い出した僕も、全部があなたを好きであるという想いを、時間に込めてじっくりと。
そして唇を離すと、僕はにっこりと微笑んで最愛の存在を安心させようとした。
「ただいま、エルーちゃん。大好きだよ」
エルーちゃんの頬にはぽろ、ぽろと大粒の雫が伝っていた。
「おかえり……なさいませ、ご主人様っ!」




