第93話 性別
朝。
ほとんど寝付けずにいるとがちゃりと戸が開かれる音がする。
「シ、シエラ様……まさか……」
メイドは見た!とでも言いたげなエルーちゃんに相変わらず惨事のような光景。
「おはようエルーちゃん……。もう突っ込む気力もないよ……」
寝不足が極まって吐き気が凄い。
「か、顔色がとても悪いですよ、シエラ様っ!?」
「うん……でもこの有り様で……」
相変わらず蜘蛛の巣のように絡み付いて離れてくれないリリエラさんに、半ば諦め状態だ。
「ごめ、えるーちゃ……ここで吐いてしまいそう……」
「い、いま洗面器を持ってきますからっ!」
エルーちゃんは自室へ洗面器をとりに行った。
というか僕の部屋のシャワー室にあるのを使えば良かったんじゃないの……?
すると口の中が強い酸味で支配される。
「うっ……まずい……」
嫌な予感に包まれていてもたってもいられなくなった僕は、大人げなくも身体強化を最大にしてリリエラさんを引き離し、そのままトイレに駆け込んだ。
「す、すみませんでした……。まさか一睡もできていなかったとは……」
強引に引き離した結果、起きたリリエラさんにもトイレの音は聞こえていたようだ。
エルーちゃんに渡された水を飲む。
「大丈夫ですか?本日はお休みした方が……」
「いや、流石にこんな情けない理由で休むのは……」
「ですが……」
「大丈夫……。吐いて結構楽になったし……」
寮生のみんなにも目の下のくまを心配され、少し化粧で誤魔化すことにした。
授業は眠さに半分くらい負けていた気がするけど、午前授業が功を奏したのか早く終わってくれた。
これで今日外に出て動くタイプの戦闘実技の授業とかがあったら死んでいた気がする。
戦闘実技のマーリア先生は動かない人は許してくれなさそうだしな……。
「私、こちらに来てからシエラさんに迷惑ばかりかけていますね……」
帰りがけ、一仕事終えた戦士のような気分でいるとリリエラさんがそう呟いた。
流石にそんなことないとは言えず、僕は押し黙る。
「流石にシエラさんにこれ以上迷惑はかけたくありませんし、今日は違う方にお願いしようと思います……」
極めて残念そうな顔をされたけど、そんなに抱き心地がいいのだろうか……?
今日はみんなで戦闘実技の訓練ということで、外に出ている。
講師はエルーちゃんに任せて、僕は仮眠することにした――
――目を覚まして共有スペースへ降りると、フローリアさんがお粥を用意してくれていた。
「おはようシエラちゃん。あまり無理しちゃ駄目よ?大聖女様に何かあったら、みんなが悲しむんだから……」
「そうですかね……」
「そうよ。私達を、そしてサクラ様とそのお子様を救ったあなたが幸せであることをみんな望んでいると思うわ。少なくとも、私はそう思ってるからね」
「ありがとうございます、フローリアさん」
「何か困ったことがあるなら、今回みたいに溜め込まずに、遠慮なく相談してね。私にはそれくらいしかできないから……」
まるでお祖母ちゃんのような優しさで包み込んでくれるフローリアさん。
「あの、実は内緒にしていただきたいのですが……」
一年生の皆は外に出ていて、ミア様は部屋にこもり、エレノア様は聖女院にいる。
相談するなら今しかないと、そう思った。
「なあに?早速、相談かしら?解決は……できないかもしれないけど、聞くことだけならいくらでも聞いてあげられるわよ!」
僕はこんな純真な朱雀寮の良心を毎日のように騙し続けていたことが虚しくなったのも大きかったんだと思う。
「私、本当は男なんです」
そう言うと、僕とフローリアさんの間に暫しの静寂が訪れた。




