第926話 夢遊
夢を見ていた。
辺り一面が百合の花のお花畑の中、エルーちゃんが僕を掴みながら飛び回っていた。
どこまで飛んでも百合の花が咲き乱れているのみ、他には何もない。
僕は飛べないから、エルーちゃんに運んでもらっていた。
飛び疲れると中央にあるガゼボでメルヴィナお姉ちゃんが用意してくれたお茶をいただいたり、お昼寝をしたりする。
なんというか楽園に僕たちだけが居る、そんな空間だった。
声だけが聞こえないのは残念だけれど、二人とも笑っている。
僕を哀しませないように、笑顔で僕に接してくれる。
そんな夢だった。
きっとこの瞬間も、エリス様達が頑張ってくれている。
だから僕も平穏に過ごしていよう。
そう決意して、長い時間を過ごしていた。
声に出して伝えようとしても、無音であった。
それが僕の耳が今使えないからなのか、そういう夢だからなのかは分からないけれど、僕の言葉に笑顔を返してくれる二人に、どうやら僕の声は聞こえているらしい。
やがて世界の水平線の向こうから、だんだんと暗くなっていく。
僕はそれが怖くなって逃げようとするも、どれだけ逃げても暗くなるのは変わらなかった。
エルーちゃんやメルヴィナさんの反応を見るに、どうやら世界が暗くなっているのではなく、僕の目が暗くなっているのだと、そう気付いた。
そしてやがて僕は目の前が真っ暗になった。
こうして僕の人生は幕を閉じた――
「――おはようございます、ソラ様」
「んっ、んんんっ……」
声が聞こえ目を開けると、白い部屋のベッドで寝ていた。
なんかたくさん寝ていた気がする。
なんか背中がふわふわするというか、なんかそんな感覚がある。
「起きたのね」
背中に手をついて起き上がろうとすると、そのふわふわの正体に気がついた。
僕の背中には羽が生えていた。
姿見を見ると僕の頭の上には天使の輪っかがあった。
僕は死んだのだろうか?
「う、ん……ここは……天国?」
天国にしてはなんだかモダンというか、人間の住む家みたいな雰囲気があるというか。
「ここは後宮ですよ」
横にいる天使の羽を持つ水色の髪をしたお団子ヘアーの可愛らしい女の子がそう教えてくれる。
「後宮って……なんですか?」
「ソラ様、まさか……」
「エ…………?」
口を抑えた天使少女に僕は何か言いかけようとしたが、それを口にする前に何を言うか忘れてしまった。
それはまるで夢の内容を起きた瞬間はとても鮮明に覚えていたのに、起きて数分もするとなにも覚えていないかのように。
「ええと、その……あなたはどなたですか?」
そう言ったとたん、貴重な茶器が少女の手から離れ、パリンと割れてしまった。




