第921話 治験
『理論上はできるわ。でも、これまでに一度もやったことがないのよ……』
必要がなかったから、しなかったんだそうだ。
シルヴィはこの世界の人間の魂から神体に初めて移した存在だけれど、その移植を行ったのはお祖母ちゃんが来るちょっと前。
そこでは既にエリス様の神体は邪神に取られており、現人女神ではなかった。
だからシルヴィの前世の記憶はすべて消えてしまったし、記憶が消えてしまったことによるショックでエリス様は二度と人間の魂を神体に入れようとはしなかったらしい。
『もう二度とシルヴィのようなことは起こしたくないの。トラウマみたいなものね』
「あの、エリス様。でしたら私が先に実験台になるというのはできないのでしょうか?」
「りょうかさん……?」
「私で治験して問題なければソラちゃんに施してください」
「でも、もし失敗したら涼花様はっ……!!」
『それはできないわ』
「私の心配をしているのなら不要です。本来死ぬはずだったのは私ですから。もとより親衛隊長として、ソラちゃんのために死ぬ覚悟はできています」
『そうじゃないのよ。人の魂を神の身体に移植するには魂に神力に耐えられる訓練をさせる必要がある。そのために魂に神力の安全弁のようなものを付けてから何度も魂に神力をかけて慣れさせる。この作業に、私の神力が馬鹿にならないほど消耗するわ。だから一人に施術したとして、向こう半年は誰にも施術できなくなると思って頂戴』
「その間にソラ様が記憶を失ってしまった場合は……?」
『二度とその記憶は返ってこないわ』
「そ、そんな……!?」
エルーちゃんとの楽しかった想い出も、全部忘れてしまうかもしれない。
「いいです、えりすさま。ぼくをじっけんだいにしてください。それがいちばんかくりつがたかいんでしょう?」
『ええ……それにリンにも頼まれているしね』
「……?」
「実は旦那様が寝ている間に主は邪神討伐小隊であったソラ様、リン様、エルーシア、涼花、アビス対し特別に1つ願いを叶えるよう提案なされたのです」
発端としてはエルーちゃんの命を救って天使にしたことで、神としてエルーちゃん個人に褒美を与えすぎであるということにエリス様が気付いた。
そこで直接邪神に立ち向かった勇敢な人達に報奨を与えることで体裁を保つことにしたらしい。
邪神に立ち向かった褒美として天使になることを赦されたという風に。
『リンは私にソラ君をなんとしてでも助けるようにと願ったわ。だから私はなんとしてでもあなたを助ける。それが私の願いでもあるのだから……』
「もんだいありません。でもそのまえに、しておかなきゃいけないことがあります」
記憶がなくなるかもしれないなら、伝えておかなければならないことがいくつかある。
「まずはホークスさんとテレシアさんを呼んでいただけますか?」




