第92話 同衾
夜。
勉強を終えて疲れた頭と身体に鞭打ちシャワーを浴びる。
今でさえ当たり前になってしまっているけど、こんなに勉強に真摯に向き合える場所があるなんて、僕は嬉しかった。
あっちの世界では家に帰れば金稼ぎの道具にされ、学校ではいじめられていたから本当に授業の時間くらいしか勉強ができなかった。
いや、金銭的に余裕が出て来た頃には家でも夜なら解放されていたから勉強をしようと思えばできたんだけど、その頃には僕はエバ聖にハマっていたからね……。
今となってはあのゲームもできないし、そういう意味でも昔以上に勉強には真摯に向き合っているような気がする。
いつものようにシャワーから上がり、就寝準備をしていると、ドアを叩く音が聞こえてきた。
「どうぞ」
僕がそう言うと、がちゃりと音がして入ってきたのはとても大人びたパジャマ姿のリリエラさんだった。
「リリエラさん?……どうかしたのですか?」
「失礼します、シエラさん。実は、相談がありまして……」
神妙な面持ちでそう相談された。
椅子に座ってもらい、僕はベッドに腰掛け話を聞く。
「実は私、何かに抱きつかないと寝付きが悪いのです……」
「……へ?」
神妙な顔をしていたから、凄く真面目な話をされるとおもっていたんだけど、彼女の口から出た言葉で拍子抜けしてしまった。
「わ、私にとっては真面目な話なのです!先日はそのせいでうまく寝付けずに皆さんに迷惑を掛けてしまいまして……」
ああ、そういうことだったのか……。
「だから今夜はシエラさんに……一緒に寝ていただけないかと……」
「えっ、えええっ!?」
そ、それは流石に……
「だ、駄目ですよっ!!」
予想の斜め上のお願いに、僕は大変戸惑った。
「どうしてでしょうか?」
「うら若き乙女が……同衾だなんて……」
「あなたもうら若き乙女では?それに女同士でしょう?何か問題が?」
「うっ……」
そこをつかれると痛い。
「リリエラさんには、お兄様がいるのに……」
ぼそっと呟く僕にリリエラさんが反応する。
「シエラさん、もしかして……」
や、やばい……。
何かバレた!?
「殿方よりも、女性の方が好きなんですか?」
「ええっ!?」
予想外の質問で更に掻き乱される。
「ど、どうしてですか……?」
「ソラ様とエリス様の愛を一番間近で見ているのではと思いまして……。それに、ルーク様のことを引き合いに出すんですもの……。まさかっ……私のことが好きなのですか……?」
「ち、違いますよっ!」
「そう強く否定されるのも少し悲しいですね……」
「違っ……別に親友としては普通に好きですけど……」
「ふふ、冗談です」
「……」
危ない冗談は勘弁して欲しい……。
「抱き枕じゃあ駄目なんですか?」
「今、専用のものを私のメイドのメリッサに手配しているのですが、届くのはしばらくかかりそうで……」
「ど、どうしてぼ、私なんです……?他の寮生にお願いすれば……」
「私自身、こういったことを他の方にお願いするのは始めてでして……」
「でも、シェリーやセフィーにでもお願いすれば……」
「あと、実はもう一つありまして……」
全部潰したと思ったら、まだあるの!?
「その……シエラさんって、とっても抱き心地が良さそうなんですもの……!」
「だ、抱き心地って……」
リリアンナ王妃にも抱きつかれたけど、そんな風に思われていたのか……。
「う、うぅん……」
「どうかお願いします、シエラさんっ!」
僕は悩みに悩んだ結果、承諾することになった。
「一つ、条件があります」
「なんでしょうか?」
「背中を向かせてください……。面と向かっては、恥ずかしいですから……」
「顔をみれないのは残念ですが、承諾してくださるのでしたらそれで構いませんわ!」
電気を消してベッドに横になると、抱きつかれふかっという何かの感触が脳内を支配する。
落ち着け僕……。
僕たちは親友……。
僕は今女の子……。
「ふふ、こういうのってなんだかいいですね」
いっそうぎゅっと抱き締めてくる親友。
リリエラさん、親友とはいえ気を許しすぎだよ……。
変な男に引っ掛からないか、心配になってくる。
いや、僕が変な男だと言われると反論できないんだけども……。
「相変わらずシエラさんは恥ずかしがり屋さんですけれど、少しだけ仲良くなれた気がしました」
「リリエラさん……」
「私、シエラさんのこと、大好きですよ……」
「ひあぁっ……!?」
耳元でそう囁かれ、僕はびくびくする。
やがてすやすやとリリエラさんが寝る音がする。
「も、もう……僕の気も知らないで……」
後ろを向くことを打診して本当に良かった。
前を向いていたら大惨事になっていたと思う……。
きっと、親友として大好きということだろう。
流石にそうは分かっていても、耳元が弱いのは生理現象に響く類いのものなので、現状どうにもならない大惨事になっていた。
「明日は寝不足を覚悟しておこう……」
すやすやと気持ちよく寝る親友とは裏腹に、僕は悶々とした気持ちを抱えなかなか寝付けないのだった。




