第913話 絶命
「『『うそだ…………』』」
目の前には目を閉じて横たわるエルーちゃん。
まだ寝ているだけだと、そう思った。
でもゲームの知識が僕の邪魔をするんだ。
『終焉の緣』は発動したら必ず一人が死ぬ即死魔法。
でもゲームじゃ死んだらやり直せたじゃないか。
セーブして何回もやり直せたじゃないか。
ゲームと、違うじゃないか。
だって、あれだけ帰ったら色々しようって計画したじゃないか。
あれだけ将来を約束し合ったじゃないか。
「『『つめたい…………』』」
つめたいよ。
どうして……?
抱き締める身体が冷たくて、どうしようもなく受け入れられなくて。
震える手で何でも治す神薬をエルーちゃんにかけても、なにも起こらない。
ただエリス様から貰ったと教えてくれた水色のペンダントに僕の涙がぽたり、ぽたりと落ちていく。
飲ませようとしても、ただ開いた口のなかから神薬が垂れ流れていくだけだった。
神薬も死んだ人までは、治せない。
「『『エリス様……生き返らせてよ……』』」
振り向いても、そこにエリス様はいなかった。
なんで?
どうして?
『ソラがいけないのよ。あなたがこんな芋女を好きになるから、私が正してあげなくちゃいけなくなったんじゃない』
ただエルーちゃんを殺した女がそこにいただけだった。
身体が、焼けるように熱かった。
「『『やだ…………』』」
まるで、鉄板焼きの上に立っているかのような、そんな熱さ。
どうして、エルーちゃんが冷たくなっているのに、僕はこんなにも身体が熱くなっているんだろう。
エルーちゃんの代わりに、僕が死ねばよかったのに。
身体の熱さとは裏腹に、僕の心は冷えきっていた。
もし僕が魔力暴走をしていなくとも、きっと心の病気で死を選んでいたことだろう。
「『『いやだああああぁぁぁっ――――!!!』』」
だってエルーちゃんがいない世界なんて。
エルーちゃんを否定する世界なんて。
こんな世界に生きている価値なんて、何一つないんだから――
「くっ、ソラ君が暴走したっ!!」
「『『お前が、お前がいなければ……!!』』」
ともあれ、まずはこの女を殺さないと。
エルーちゃんを殺したこの女は、もう姉なんかじゃない。
金輪際姉などとは思わない。
思いの丈を込めて魔力で吹き飛ばし、押し潰す。
自分の拳に特大の魔力を纏い、巨大な鉄拳で地面に埋め込んだ。
魔力の塊だから、霧になっても避けることなんてできない。
それだけじゃなく、何度も、餅つきのようにこの女を折り畳んでは叩いて伸ばした。
粉々にしたら、生き返らないように全部消し飛ばせばいい。
どうせ今発動中のホーリー・デリートでこの女は死ぬ。
『そうよ、壊れなさい。最期にあなたを壊すことができて、心底安心したわ』
叩かれても潰されても何しても声を荒げない女は、反撃とばかりに僕の両手をそのよく分からない闇の鋭利な糸で切り落とした。
「『『腕くらい、いくらでも持っていきなよ。その代わり、一秒でも早く、死になさいっ!!』』」
両手が切り裂かれたくらいでなんだっていうんだ。
エルーちゃんはそれ以上の痛みがあったんだぞ。
腕の形をしていれば、僕はそこに魔力で覆って腕を作って、それで殴れば腕なんてなくても殴れる。
どうせ完全に暴走した僕は魔力を使いきって死ぬだけだ。
エリス様は助けたし、もうこの世界に僕なんて必要ない。
『そうよ、それでいいの。私とともに、彼の世へ堕ちなさい。ソラ――』
その時、ぽーーっと僕の後ろで南国の水面のように淡く綺麗な水色の光が輝いた気がした。




