閑話241 孫息子
【白虎視点】
『なんじゃ、お前さんも来ちまったのかい』
神体を失い、旦那の魂のある天庭に向かう。
『あなたの居場所が、私の居場所ですよ』
『んなこと言って、そわそわしとるのが魂で分かるわい』
『何を……』
魂だけの存在である今の私に、感情などありはしない。
それに身体がないのに、どのように喜怒哀楽を表現するのだろうか。
だから泣くことなんて、あり得ない。
『魂だってな、泣く時はある』
おとなしく受け入れんさいと、旦那は言った。
『何しんみりしているのよ、カエデ』
わざと間違えたようにそう言ったエリスは、私達神獣の魂をそっと手で包み込む。
『あなたまでソラみたいなこと言って。カエデはもう、いないのよ……』
『じゃが、魂はおるじゃろう?』
『あなたも知っているでしょう?元人間の魂は、女神の産み出した入れ物には適さない』
魂の方が神体に耐えられずに消えてなくなってしまう。
『そうじゃ。それでもなお神の入れ物に入るためには、儂らの得意属性や前世の記憶も含め全て一度空っぽに浄化する必要がある』
『分かっているのなら、わざわざ聞かないでください』
『じゃから、空っぽにしたとて、魂は覚えておるだろう?』
『……そう。そうなのね』
思えば、久しくこの感情は沸いてこなかった。
数千年生きてきて、もはや神獣としての役目しか覚えていないほど様々なものを忘れ、ただ事務的に森を守るだけになっていた。
それでも前世から愛していた旦那の魂と一緒にいられるなら、記憶がなくてもいいと、それは何もかもを忘れた今でも思っている。
どうせ転生するときには記憶が残らないのならと、私はそれを受け入れたのだとエリスから聞いている。
だけれど初めてあの子に会った時、心がざわざわしたのを覚えている。
『あの時、あの子からお祖母ちゃんって呼ばれたとき、心が落ち着かなかったのよ』
カエデとしての記憶が邪魔をしてくる。
この涙は、きっと彼女が流しているだけ。
『私はまた、守れなかったのね……』
一度目なんて、私は知らない。
知っているはずがない。
でも魂が、そう言いたがっている。
『ソラ君は、きっと大丈夫よ。私達が信じていれば、きっとやりとげてくれるわ。私達はしかるべき時にあの子を助けてあげれば、それでいいの。過干渉なんてしてはいけないのよ』
めずらしくまともなことを言うエリスに、悪態をついてやりたくなった。
『私のソラをやるのだから、死なせたら承知しないわよ』
何もできないのは私もエリスも、ここにいる神獣達も皆同じ。
だからきっと、このくらいの軽口は言ってもいいでしょう。




