第899話 半壊
どうやら戦闘中、常に僕に注意を向けていたらしい。
「『貴様が攻撃すれば余裕がなくなるはずであろうが、それをしないとは、舐められたものだ――』」
「きゃぁっ!?」
闇の波動だけで凛ちゃんの光の壁を弾き割る邪神。
「『ダークネス・サンダー・ウィンダライズ』」
「射たせるわけがないだろう」
予備動作で魔法を察知した涼花さんが、魔法陣を切る。
涼花さんの夢幻は魔法陣を切って発動できなくする。
そして霧散した魔力はこの洞窟を囲んでいるユグドラシルの根が吸収してくれる。
ゲームでは本来無、空間、闇属性しか操れなかった邪神が当たり前のように闇、雷、風の三属性を使うだけでなく、三属性の合成魔法まで使おうとするとは、エリス様の神体に慣れたというのは本当なのかもしれない。
今や邪神は七属性使い、油断なんてできない。
「『面倒だな、クリスタル・コピー』」
これは、自らの分身を作り出す邪神の十八番。
「実体のある分身か!?」
「『11対1は卑怯であろう?』」
クリスタルの欠片はやがてエリス様の形になり、気がつけば邪神は六体に分身していた。
流石に涼花さんでも二体以上の魔法陣を両方消すことはできない。
「『テレポート』」
「「っ!?」」
そのそれぞれが全属性を使えるだけでなく、空間転移すら使ってくるとなれば、話は変わってくる。
短距離の空間をランダムに転移してこちらに向かってくる。
本体が分からなければ、僕は逆転の一手を打つことができない。
「ぐああっ!?」
気が付くと、スフィンクスが腕をもがれていた。
そしてその片腕から闇属性を吸収すると、しわしわとなった腕を蹴り飛ばした。
大丈夫、彼ら神獣は死なない。
エリス様が本調子に戻れば復活できる。
だから僕は、今は作戦のことだけを考えるんだ。
「しゃあねぇ、白虎、青龍、玄武!」
「あいよっ!」
「「「「四神方位波!!!!」」」」
四属性の魔法陣から放たれた螺旋状の野太い光線は邪神の分身を一つ消すには十分な魔法だった。
「『ブラックホール』」
「それは……!?」
闇属性と無属性の重力、そして空間魔法の合成魔法を分身三体で放ってくる。
「くっ……」
「魔法を吸い込んだのか!?」
重力で産み出された黒いそれはすべてを飲み込もうとしていた。
威力は弱いとは言い切れず、四神から放たれた四神方位波だけでなく、白虎と鳳凰とユニコーン以外の神獣はすべて足が離れて吸い込まれていく。
「おいおい、マジかよ……」
「あんたっ!」
「んもぅ、美しくないわねッ!」
「ぶつけてしまえ、超重……」
吸い込まれた神獣は全て俊敏が遅い神獣達だった。
もし教皇龍ちゃんやシルヴィをここに出していたら吸収されていたかと思うと、ぞっとする。
重力には重力で対応しようとした青龍の腕が、別の邪神の分身が手刀で切り離した。
「くっ、悪知恵が働きやがる……!!」
魔法は不発に終わるが、そのまま食われて邪神の餌になるわけにはいかない。
「 ―― スーパーノヴァ ―― 」
朱雀は僕たちのことなんてお構い無しに、特大の爆発魔法で自分の身と魔力すべてを燃料に自爆した。
それはこのバトルフィールドなど余裕で押し出す超爆発となり、無論こちらにも押し寄せてくる。
「ぐすっ、リフレクトバリア!」
想定外のことだったものの、エルーちゃんが瞬時に理解してその爆風を自分達だけ守った。
吸収されそうになっていた神獣は助けることができなかったので、そのまま爆発に巻き込ませて塵一つ残さなかった。
ブラックホールは爆発のエネルギーが勝ったのか、消えていた。
だが頑丈なこのエリアも一部天井の岩が落ちてくる。
僕はその混乱に乗じて落ちてきた岩影に隠れることにした。
霧散した魔力の一部は邪神に吸いとられるかもしれないが、残りはユグドラシルの根が回収してくれることだろう。
「泣いている暇は無いぞ、小娘」
「ごめんなさい、白虎様……」
「前を向きな、小娘。玄武は回収できただけマシだと思うんだね」
エルーちゃんは夫を失わせてしまったことを憂いていた。
玄武は辛うじてエルーちゃんの加護の証に逃げ込んだらしい。
「『チィ……回収できたのは、腕だけ。それに、二人減ったか』」
青龍から切り離した腕も魔力を吸われて砂と化してしまった。
本来は他人から闇属性の魔力しか吸収できないはずの邪神が、光属性以外のすべての属性を手に入れたことで、その属性の魔力であれば吸収できてしまうようになった。
つまり、神獣は餌でしかなかったということだ。
邪神は分身が一体爆風で消え、涼花さんとエルーちゃんでもう一体消していた。
対してこちらは僕含め12人から8人になってしまった。
侮っていたわけではなかったが、一瞬のうちにパーティーが半壊してしまった――




