第89話 合宿
「リ、リリエラさんがっ、朱雀寮に!?」
「ええ!」
「ど、どうしていきなり……」
「私、シエラさんにお勉強を教わろうと思いまして」
「え、ええっ!?」
リリエラさんって皆で一緒に勉強をするようなタイプじゃなかったよね……?
「リリエラさんって、そういうことはしたがらないと思っていました……」
「ふふ……。親友が変わったのですから、私も変わるべきだと思ったのです。いつまでも堅い頭のままではいけないですからね」
確かに僕は聖徒会の皆のお陰で演劇を克服できたけど、リリエラさんは別に変わる必要はないんじゃ……。
「私が全力を出した結果が入試でのあの点数です。私はあれ以上の成績を取るにはどうしたらいいか考えました。そこで真っ先に思い浮かんだのがシエラさん、貴女です。親友が入試で満点を取るほどの天才なのですから、私はその秘訣を教わろうと思い至りました」
僕を過大評価し過ぎだよ……。
単にこの世界のことに詳しいだけで、試験に関してはズルをしているようなものだし……。
「で、ですが……その……」
僕にはこれを断らなければならない理由が二つある。
一つは、僕がソラだとバレてしまうこと。
これはその後の友情が崩壊する可能性がある程度の不味さだ。
そしてもう一つに関しては今も常に危険だけど、僕が男だとバレることだ。
人が増えれば、それだけ目も多くなる。
今まで隠し通せているのが不思議なくらいだけど、これがバレてしまえば僕は社会的に淘汰されてしまう。
単純に、僕にとってのリスクが高すぎる……。
困り果てた僕は片方の秘密を共有した寮の皆に視線を送り、助けを求めた。
すると察しの良いエレノア様が気付いてくれた。
「あ、ああ……そういうことか。初めましてかな?リリエラ君。シエラ君の親友なんだって?」
「はい!エレノア様、初めまして。聖女様に並ぶほどの天才頭脳を持つお方とお聞きしております。既にクラフト学で論文まで出しておられるとか……」
「ははっ、あれはほとんどソラ様のお陰だけどね。それよりこの寮はなにかと問題を抱えている生徒が多くてね。ボクもその一人なのだが……」
確かに、あのけたたましい目覚ましと目に毒なほどのラフすぎる格好は慣れるのに時間がかかるよね……。
「奇行をしても受け入れる心と、確認を取らずに他人の部屋に入るのは駄目だ。それから無理強いも。これらは守れるかい?」
「も、もちろんです!そんな失礼なことは致しませんから!」
「どうだい、これでも駄目かな、シエラ君?」
ちゃんと確認してくれたけど、それじゃあ僕に問題を抱えていることが筒抜けじゃん……。
「実はシエラ君は共有風呂に一回たりとも一緒に入ってくれないほどの恥ずかしがり屋さんでね。僕達も何回か誘ってはみたんだけど、駄目だったんだよ」
うんうんと頷く寮生達。
一緒に入った時点でそれはもう事案だからね……?
「そうなのですね。恥ずかしがるシエラさんもなかなか魅力的ですわね……」
それはカバーのつもりだろうけど、カバーにはなっていないと思う……。
というかあれっ……?なんか承諾する流れになってない……?
断って欲しかったんだけど……。
「これでいいだろう?」とでも言いたげに素敵なスマイルを向けてくるエレノア様。
だ、駄目なのか……。
なんか僕、いつも綱渡りさせられている気がするんだけど……。
「うぅ……わ、分かりましたよ……」
「や、やりました!短い間ですが、よろしくお願いしますね、シエラさん!」
親友の笑顔と引き換えに大量の不安要素を手に入れ、どうやって対処しようかと回答の出ない問題に頭を悩ませることになった。




