閑話239 アレン
【柚季桜視点】
『サクラちゃん、真桜ちゃん、聞こえる?』
「どったの?」
『魔王が来たわ』
「っ……!?」
ついに、魔王が来てしまった。
まるで、夏休みの宿題をやらないまま8月31日を向かえてしまったような、そんな気分。
邪神を倒さない限り魔王は復活し続ける。
だから魔王が倒されてから、長くとも五年以内までに魔王は復活することは分かりきっていた。
それがまさか三年になるとまでは思っていなかったけれど、違うのはそれがいつになるかだけの話。
心の準備なんて、たくさんしてきた……つもりだった。
「「キャアアッ!?」」
窓のガラスが割れる音。
お気に入りの花が挿してある花瓶が、外の強風によって机から落ち、割れる音。
まるで地震のような振動で、掛けられていた絵画や時計などのアンティークが次々に床に落ち、床に鳴る鈍い音。
気付いたら、手が震えていた――
「――ママ、大丈夫。私が守るからっ!」
「私も共にっ!」
「わ、私だってっ!」
真桜、カーラ、セリーヌが私を囲むように守りを固める。
「大丈夫、私は今度こそ二人を守るよ!」
大丈夫、ここには夫もいる。
『……う、うそでしょ?』
「ど、どうしたの?サツキお姉ちゃん?」
「サッちゃん、返事して!」
『ま、魔王が……二人!?』
「う、うせやろ……?」
心臓の鼓動が自分で聞こえてくる。
次第にそれだけしか聞こえなくなってきたとき、魔王のうちの一体がこちらに近づいてくるのが分かってしまった。
「くっ!!?」
「パパっ!!」
「アレンッ!」
あの暗黒の鎌がアレンの『聖剣アルフレッド』とぶつかる。
「力は互角のようだな。だが……」
大丈夫。
ソラちゃんに鍛えられた彼の腕力が、私を守ってくれる。
「――オーバーエンチャント――」
そして装備さえあれば、彼は魔王をも上回る。
できないと思っていた彼の腕力が上回り、その忌まわしい鎌を押し返した。
「森羅滅却ッ!」
処理できない10連撃に、魔王はやがて対応するのをやめた。
三年前に見た覚えのある所作に、私は全身の鳥肌が立つような身体への警笛が鳴り始めた。
「ダメッ!アレン、深追いはダメよッ!!」
声を振り絞るように叫ぶ。
あの不敵な笑みが、受けるダメージを無視して攻撃を与えようとしてくるのは明白だった。
「よ、避けてっ!!!」
闇属性を手に纏ってアレンの首に掴みかかった。
祈るように震える手を合わせ、目を瞑る。
「リフレクトバリア」
次の瞬間、魔王は壁に叩きつけられていた。
「ふっ、どーよ?私とパパのコンビネーションに、死角なんてないのよ!」
「ああ。サクラはそこで見ているだけでいい。すぐに終わらせる」
「……グォォォ」
「おや、魔王様。苦戦されているようだね」
廊下から現れたのは、巨大な斧を持った牛の怪獣と、そして最愛のアレンが、もう一人いた。




