第892話 酷暑
今どこまで降りてきたのかよく分からないが、この暑さからするとおそらくほぼしたの方まで来ているように思う。
魔物は麒麟の『ユグドラシルの根』のおかげで全然強くない。
「暑い……」
「暑いな……」
「語彙が暑いしか出てこないくらい暑い……」
『アイスウルフの衣』は常に冷気を内側に保つはずなんだけど、それでもなお蒸したように暑い。
まるでサウナの中にずっといるかのようだ。
「それは単に貴様に語彙力がないからではないのか?」
「ひ、酷い……!?」
せっかく最近勉強を頑張っている凛ちゃんになんてことを言うんだ。
これで凛ちゃんが勉強やめちゃったらスフィンクスのせいだよ。
でも語彙がなくなる気持ちもよく分かる。
暑いとあたまがぼーっとしてくるんだよね。
「あんなデリカシーの欠片もない人、気にしないでね。そろそろこっちに着替えよう」
「天先輩……」
これは『アイスウルフの衣』の上位互換である『ブリザードコンドルの羽衣』。
これを付けると、普通に風邪を引く。
「涼しいです」
「エルーちゃんも、これ配って」
「かしこまりました」
「スフィンクス、流石に口悪すぎでしょ……。そんなんで、よく奥さん持てたよね」
「当たり前だろう。虎人族は強い存在にしか靡かない。貴様ら人間とは価値観が異なる」
「でも最近は私だけじゃなくて、エルーちゃんとか凛ちゃん、それに親衛隊の数人でもスフィンクスに勝てるようになってきたよね?」
「……」
言い返せばいいのに、スフィンクスにタイマンで勝利してここに連れてきた僕が言うことにノーとは言えないらしい。
たとえそれが殴り返されてもおかしくない言動だったとしてもだ。
「ネーヴェさん、そろそろ子を作らないと。もうあの人で最後の虎人族なんでしょう?」
「どうして小童がそれを知っている?」
「うちのセフィーがネーヴェさんととっても懇意にしてもらっているから。ほら、セインで最近のこと教えてくれるんだよ」
「あいつ、俗に染まりおって……」
「むしろそれで危機感覚えない方がどうかしてるよ……。セフィーに相談じゃなくて、男の私に相談してくるんだよ?」
「……小童は性別上男かもしれんが、漢ではあるまい」
うーん、これは本当にもう一回負かして一度奪わないと気付かないのかな?
僕の言葉に口をつぐんでいる時点で、その気持ちは分かったようなもんなんだけどな……。
「そういえば、アビスさんは暑くないの?」
「んー?別に?」
「うらやましい」
「慣れたからね」
いや、慣れでどうにかなるのか……?
でも魔族は身体がほぼ魔力で構成されているから、暑さという概念がないのかもしれない。
人の身体は60パーセントが水分でできているから熱には敏感だが、魔族には水も食料も必要なく、ただ魔力だけあればいい。
その上魔力は気体でも液体でも固体でもない概念だから、熱が魔力に対して何の作用ももたらさない。
魔族と人種族って、思った以上に異なる存在なのかもしれない。
でも、邪神や魔王は痛覚がなく仰け反ったりしないというのもよく頷ける。




