閑話236 大型犬
【マヤ・エドウィン視点】
「聖女院伝道師長とあろうお方が、こんな辺境にスタックしておられてよろしいのか?」
「私の故郷でございますよ、陛下」
春も明けたにも関わらず、相変わらずここは室内でも肌寒い。
エドウィン公爵家に挨拶に行って翌日、私はエレノア様とシンシアとフィストリア王宮に赴いていた。
「遊びに来たわけじゃないんだぞ、アレクシア。ボク達の相手なんてしてていいのか?」
北の国へ赴いたのは、ソラの指示で、国の護衛を行うため。
「別にいいだろう。エレノアこそ何しに来たんだ。シンシアまで連れてきて……」
「全く、久しぶりにこうして帰ってきたのに素直じゃないなキミは」
「なんだと?」
「陛下こそいい加減、素直になられては?いつもうしろで尻尾がブンブンと振れていらっしゃるのが露呈しておられますよ」
「お前、私をなんだと……」
「毎朝起こすのが大変な大型犬でございます。ファミリーですから、フィストリア・レトリバーとでも名付けましょうか」
「待ちたまえシンシア!ファミリーって、ボクも含まれているのか!?」
「くっ……お前が聖女院所属であることを、今ほど恨んだことはない」
「私も立場と舌の使い方は弁えておりますので」
ソラがフィストリア王家を変えるまで、聖女にすら噛みつく勢いだったあの陛下を大型犬と仰るなど、シンシアは怖いもの知らずだ。
「ぷっ」
「…………」
それと同時に、本来なら王家との茶会など普通なら言葉も詰まるくらいであるはずなのに、ウィットに富んだ誰かさんのせいで、笑いを堪えられなくなっている自分の姿に内心驚いていた。
「全く、もうすぐ大災害が来るというのに、緊張感が無さすぎる」
「我々が今一番気を付けるべきは、最近死んだ身内でございますから」
各国のソラの婚約者とはセインを使い連絡を密にしており、既に四天王の三人は倒されている。
まだ出現していないのは不死王リッチ。
そしてリッチは死んだ者に化けて人に近付いて、魔力を奪う魔族。
「最近不幸は?たとえばそう、リタ王兄妃とか」
「怖いことを言わないでくれ……。ただでさえ私には心当たりが多すぎるというのに……」
「政略が大いに関わる王家は大変ですね」
上に立つの者の思惑で人が死ぬのはよくあること。
だがそれを当たり前とせず、それをいかに減らすかが為政者の努力すべきところ。
私たちには聖女様のように守るための光魔法はないため、出来るのは減らすところまでだ。
「失礼します、西門から賊が現れたとのことです」
「はぁ、またか……」
その鼻がぴくりと動いたのを気付いたのは、おそらく私だけだったのかもしれない。
「お前は確か……テレーゼ、だったな。賊はどっちだ?」
「陛下に名を覚えていただけて光栄です。左から来ました」
「マヤ殿」
私は合図とともに、そのテレーゼと呼ばれた諜報員を無詠唱で氷付けにした。
「どう……して……」
「テレーゼはリタの企てたあの山崩れで死んだ一般諜報員だ。私が最終面接をして雇っているのだぞ。分からないわけなかろう?」
「…………」
もう騙すことはできないと悟ったリッチは姿をもとのドクロマントへと戻したが、もう遅かった。
シンシアの拳とエレノア様のジェット拳のような何かが同時に氷付けされたリッチに向かい、そのまま粉々に砕いた。
「これが魔導ジェットパンチ、試作品三号機だ」
魔水晶がコトンと落ちてきた。
「ドロップ品を確認しました。お疲れ様です」
「はぁ……やっぱり、死は慣れんな……」
陛下の呟きは、年輪を重ねた忠犬がそれでもまだ死んだ主を待っているかのようだった。




