閑話234 下調べ
【セラフィー視点】
「緑茶でございます」
「あ、我々は護衛ですので、お構いなく……」
私の言葉を無視してメイドさんはただにっこりと微笑む。
梛の国のメイドさんの着物は華やかで可愛らしい。
今度、お義母様とエルーシア様に着せるためにいくつか持ち帰ろうと思う。
「そういうわけには参りませんよ。まさか大恩ある大聖女様のご婚約者である皆様こちらにお越しになられるとは……」
おだてられているとは分かっていても、息女ではなく婚約者だなんて言われれば心が舞い上がってしまう。
「樹村殿は律儀だな」
「律儀にもなりますよ。しかし、ご実家と聖寮院の方はよろしいのですか?」
「あちらは実家に任せておりますから」
「それは杞憂でございましたね」
実際は影の一部部隊にも防衛を任せているのだが、外部の人間に漏らすわけにもいかない。
「それに今回も一番危ないのはここでしょう?」
「それは違いありませんが……」
「大変ですっ!」
「おや、わざわざ案内してくださるとは。クフフ……」
牙の生えた黒マントの優男が何の許可も無しにこの客間へと侵入する。
魔王四天王、魔族インキュバス。
二年前、私が敗北した男だった。
「しかし、貴女方も馬鹿ですね。前回からなにも学んでいない。ワタクシを止めたいのなら、文官も護衛も、全て男にすべきでしょうに」
身振り手振りで大袈裟に講釈を垂れるインキュバス。
まるで既に勝ち誇ったようである様子はあの忌々しき実の父親を思い出すようで、反吐が出る。
「全く、聖女さえいなければこんな国簡単なのですよ。『侵略』」
口ずさむように放った魔法は、あの時樹村様が操られた催淫魔法。
「気は済みましたか?」
「は…………?」
しかし放った魔法は私たちにも、もちろん樹村様にも、ひいてはこの部屋に案内したメイドさんにすら通用していなかった。
「馬鹿ですね、貴方。あなたの対策方法はもう魔物大全という経典として全世界に共有されているんですよ」
「魔物……今、あんな下等生物とワタクシを同じ扱いにしましたね……!?」
魔物とつるんでいる勢力の癖に、何を言っているんだか。
「だから魔物と一緒で能無しだと言っているんですよ、まだ自分の立場が分かっていないようですからね。魔力さえ上げればあなたの催淫魔法なんて何の価値もありませんから」
「は……?」
樹村様も王宮の皆さんもレベルを上げているし、特に魔力に関してはインキュバスよりも多くなっている。
それが催淫魔法を突破する簡単な方法だからだ。
人は学ぶ。
だからこそ人は強いのだ。
「――暗黒硬化――」
「ゴボッ……何故……」
聖獣・獏様の一体化で透明になっていた忍ちゃんが油断していた後ろからクナイで身体を貫通させる。
「黒の束縛」
その貫通させたクナイから闇属性で返しをつけるように形作っていく。
その間に神流ちゃんが短刀で今度は正面から逆側の胸を突き刺して同じように魔法で返しをつけていく。
これでもう、この男は動くことさえできない。
「闇魔法が効くか、ですか?聞いてもいいですけれど、それ、死にゆくあなたに言う必要ありますか?」
獏様の光魔法を事前に武器に付与していたことに気付いていないのか、それとも私の『七魔覚醒』で全員にバフをかけていることに気付いていないのかは不明だが、もう別にどちらでも良い気がする。
「何なら今日来ることも、首脳である王城を狙うことも知っていたんですよ。むしろ、どうして準備してこないと思っていたんですか?」
「大馬鹿者は見つかったようですね」
下調べはして当たり前。
これが慢心した者とそうでない者の、近いようで大きな差だ。
「グヴゥッッ!?暗黒催……」
「ああそうそう、最後に言っておきますがこの国にもう暗黒催淫は効きませんよ」
「そのために私が居るんですから。『臨画、シャイニングバリア!』」
お義母様から受け継いだ光の球体の中に我々とインキュバスを居れておくことで、もう闇属性の催淫魔法は外に出れなくなって、誰にも感染したりはしない。
「では、さようなら」
「獏様!」
そして極めつけにライトモードで光魔法を使えるようになった獏様は私と共に、お義母様の決め技を放ったのだった。
「ディバイン・レーザー!」
「ふざけるな、大聖女ソラァァアアアア!!」
「女の敵、おととい来やがれ、この豚野郎!」
はぁ~~っ、スッキリした!




