第879話 先客
「エルーちゃん、中に入るよ」
「……なかにはいる」
「入り口はこんなに広がっているんだな」
「……いりぐち……こんなにひろがって」
「大きな魔物が暴れまわりながら出たり入ったりしていますからね。自然とそうなったんでしょうね」
「……おおきな……もの……あばれまわりながら……でたりはいったり……しぜんとそうなる」
「エルーちゃん、大丈夫?」
「……………………」
エルーちゃんはぼそぼそと何かを呟きながらぷるぷると震えていた。
そのさまが尋常じゃない様子だったため、僕は心配して手を繋ぐ。
「無理だったら外に出てもいいから、言ってね?」
「外に出されるのですか……?」
「エルーちゃん……?」
「わっ、私の……あそこは……その、お、お気に召しませんでしたか……?」
「は…………?」
「申し訳ございませんでした……」
「全く、人が心配してるときに何の心配してるのっ!そもそも、気持ち良くなかったら毎日あんなにしてないでしょ?」
「そうだよ、エルーちゃんだけいつも他の婚約者より回数多いでしょ?」
別に回数で優劣を付けてるわけじゃないよ。
単に数回やったらみんな体力持たないだけでしょ?
それにエルーちゃんのは抱き締めてくる感じが他の人と……って、何の話させる気だよ。
「ソラ様に飽きられたわけではないようで安心しました」
「そもそも、みんなとした時、いつも回復魔法と修復魔法でコンディションをもとに戻してるでしょう?」
お互いにたまに激しくしてしまうこともあり、摩擦行為でもあるから傷付けてしまうこともある。
だからそのケアとして回復魔法と修復魔法は欠かさずやっている。
「天先輩と私がいる限りはガバガバになることはないよ」
せっかく直接言うのは避けてたのに、ガバガバって言わないでよ、凛ちゃん……。
「だいたい、エルーちゃんにはあの必殺技があるでしょう?」
「それはそうですが……」
水魔法で変幻自在に僕を包み込んでくるせいで、毎回エルーちゃんとするときに我慢するの大変なんだから。
「あ、人が倒れています!」
「リン様、お待ちください!」
ん?
ちょっと待って、先客なんてここには……。
「グヴヴゥゥ……」
それは、一瞬起きた脳のバグ。
ちらりと見えた赤い線の模様の付いた大きな角は、魔物でも魔族でもどんな種族でも見たことがなかった。
例外中の例外に遭遇したことで、既存のメモリから存在しない記憶を取り出して考えるという余計な動作を経てしまい、脳の処理速度が一時的に遅くなってしまった。
「大丈夫です……かはっ!?」
「ゼイジョ……ミツケタ……」
「ゴボッ……」
「凛ちゃんっ!!」
「「リン様っ!!」」
次の瞬間、僕の目の前には僕の存在しない魔族が、その鋭い右手が、凛ちゃんの心臓を貫いていた。




