第874話 鼓動
「ごほ、ごほっ……」
「風邪だね」
雨を降らせたとき、炎帝イナゴが死滅するまで安全地帯を作ってはいけなかった。
合羽を着たりすれば足元に安全地帯が出来、僕達の懐に潜り込もうとしてくる。
だから自分達も雨をくらうしかなかったのだけど、それで何人かが風邪を引いてしまった。
まだ暫くは炎帝イナゴが沸くだろうことを鑑みて、その処理は玄武に任せ、僕達は河辺付近まで下がり仮拠点を立てて休むことにした。
「すみません、ソラ様……」
「私もごめんね。正直エルーちゃんに頼りすぎてた」
他人に頼る戦いかたをこれまでしてこなかったから、他人の許容量で線引きをすることがうまく出来ていなかったらしい。
水を降らせるだけならケイリーさんや他の人達と魔法使い複数人で良かったと思う。
「少し嬉しかったんです。ソラ様に頼っていただけて……。でもそのせいで少し張り切っちゃいました……」
「もう、可愛いこと言っちゃって……」
いつも寄りかかってばかりだなと僕自身は思っていたけど、どうやら生活面でしか寄りかかっていなかったらしく、戦闘面はあまり頼っていなかったらしい。
まぁソロプレイヤーとしての歴が長過ぎるから、なかなか抜けないんだよね。
でもそんな中でここに来てからは良く頼るようになった。
単純に魔境では属性相性がないとろくにダメージを与えられなかったり相性が悪くて防戦一方になったりしてしまうから、光魔法以外の手段については他人に頼るという行為の延長線上にある。
聖獣の代わりと言っては聞こえが悪いが、そんなものだろう。
でもそうして頼っているうちに、エルーちゃんも嬉しくなってしまったようだ。
普段一歩下がってにっこりと微笑むエルーちゃんは発情以外の感情をあまり出さないようにしているから、こうして舞い上がってしまったなんて事後報告を聞いてしまえば愛おしくて仕方なくなってしまう。
僕はふっくらとしたほっぺをついばむようにチークにキスの雨を降らす。
「んっんっ……。そらさま……じわっとキてしまいました……」
とろんと蕩けてしまいそうな目がまっすぐこちらを見つめてくる。
そのままいつものようにいただいてしまいたい欲望を押さえつけ、頭を撫でる。
「もう、治るまではお預けなんだから、我慢なさい。解熱剤だよ。ほら、飲んで?」
たまにはお姉さんらしさを出そうと思い、僕の知るセレーナお義母さんのような声で語りかける。
僕も病んだときにセレーナお義母さんのような優しい声を聞いて寝たのが一番心が癒されたから、同じことをしようと考えた。
「いえ、これくらいの風邪で解熱剤などを飲んでは……。一晩寝ていれば治りますから……」
「風邪をなめちゃ駄目だよ。いくらウィルスは魔法で退治できても、熱は自然に治すしかないから」
それでもどうにかして断る口実を見つけようとしていたので、僕は自分の口に粉薬を放り込み、そして軽く水分を含むとエルーちゃんの口にキスをした。
「んっ、むっ、むんんっ!?」
そのまま舌を入れて含んだ水を徐々に押し流すようにエルーちゃんに流し込んでいく。
まるで自分の口が点滴にでもなった気分だ。
「んくっ、んくっ、んくっ……ぷはぁ……」
きちんと三回喉が鳴るのを聞いてからお口を解放する。
「そぁはま……もうらめれす……」
「もう、しょうがないなぁ……熱、私に移してもいいから」
喉が鳴るのは治まったものの、しばらくの間、とくん、とくんとふたりの鼓動は鳴り響いていた。




