第873話 蝗害
「炎帝イナゴ……たまに一部地域で大量発生しては作物や人の魔力を喰らい尽くして燃やすあの災害がまさか、ここから涌き出ていたとはな……」
目の前に広がる火の海のような地獄の光景は、ただの山火事ではない。
まぁここはまだ山の麓だし、これを山火事と言っていいのかどうかは良く分からないけども。
炎帝イナゴは魔力で繁殖するのだが、おかしなことに無性生殖である。
「前世のイナゴは卵生で卵塊を土に埋めるんですけど、この炎帝イナゴは細胞分裂のように分裂して増えるんです」
「うぇぇ……」
凛ちゃんが想像して吐き気を催してしまったようで、エルーちゃんがハンカチを渡していた。
大の虫嫌いの涼花さんに聞いてみたが、炎帝イナゴはただの火の粉にしか見えないので大丈夫なんだとか。
羽音はすごいが、涼花さん的には見た目が虫じゃないことの方が大事なのかもしれない。
「畑を荒らす普通のイナゴもこの世界にはいる。だからこそ無性生殖する炎帝イナゴは永年の謎なのだがな……。ソラ殿は理由を知っているのか?」
あ、普通のもいるんだ。
「取り敢えずエルーちゃん、雨降らせられる?」
「はい。雨の矢」
黒い雨雲がきれいな形をして乱層雲にを形成し、雨が降り始める。
初めはぽつぽつと降っていたが次第にざあざあと降り始めると、段々と羽音が聞こえなくなってきた。
「天候を変える必要はあるが、これくらいの水でも死んでしまう炎帝イナゴは比較的弱い部類の魔物だな」
「いや、普通はこれほどまでに広範囲の雨を降らせられる魔法使いなどそうそう居ないのだが……」
「む、そう言われると……」
確かに弱点さえ突ければ、弱いことこの上ない。
その弱点を突くのが難しいんだけどね。
聖女が各種属性の聖獣を召喚できるようになっているのは、エリス様が僕たちにくれた救済措置そのものだ。
「何故そうなのかと聞かれると、そういうものだとしか言えないんですよね……。これはあくまで私の推測ですが――」
炎帝イナゴの蝗害は全てをもやし尽くすが、雨が降ると皆死んでしまい、それ以上は広がらない。
またその身体は耐熱性がなく、むしろ可燃性の身体をもっているため、身体は一日程度で燃え尽きてしまう。
分裂で増えるため『成虫』という概念が正しいのかは分からないけど、成虫の寿命が一日しかないため、正直セミよりも短命だ。
でもこうしてわざと燃えやすくしているのは他のものに引火させやすくするためだろう。
「いくら邪神の敵であるとはいえ、周囲に引火させるためだけに生まれてきたのだと思うと少し気の毒だな……」
「そろそろいいかな……くしゅん」
「雨は冷えるよ。ほら、タオルで拭くよ」
「いや……私より涼花さんの方がまずいでしょ」
雨でその大きな胸元からレースの紫のブラが透けていた。




