第870話 巨人
「ソラ様、あれが……」
「サイクロプスですね」
森を抜けて数日、巨人エリアに到達した。
体長は30メートル、およそ七階建てのマンションくらいの一つ目の巨人がのしりのしりと歩いている。
小人族の里に行ったときにも思ったけど、まるで遠近法がバグっているかのような感覚になってくる。
「あれほどの巨体、エサに困らないのかと心配したが、そうだった、奴等は生命体じゃなかったな……」
ケイリーさんが少し愚痴をこぼす。
いくら範囲攻撃の矢を操るケイリーさんといえど、あの巨体を相手にするのは骨が折れる。
土と無属性のサイクロプスは、その身体を全て魔力の込められた重い粘土で作っており、本来であれば目玉だけが本体の魔物だ。
「当たり前ですが、一撃食らったらほぼ瀕死になるつもりでいてください」
ただの粘土の身体だと侮っているとその固さにやられてしまう。
もし正面から攻撃を受ければ、たとえオリハルコンの盾を持っていたとしても粉々に破壊されていたことだろう。
トンの単位で表される体重から繰り出される一撃が、それだけ強力であることを物語っている。
「轢かれたくなければ、足元には集まるな。圧死は一撃だからな」
動きが遅いという弱点はあるが、処理にも気を付けなければならない。
ひとりで対処する分には気にならないけど、今はソロじゃない。
周囲に気を付けていなければ、死に直結するのが魔境だが、その深層に進むにつれどんどん死までの距離が近くなっていく。
「朱雀、シルヴィア、主は任せたからな」
「誰にものを言っている」
「教皇こそ、しくじるなよ」
「無論だ、行くぞ涼花!」
「お願いします!」
今回の要は、素早さがある教皇龍ちゃんと無属性の重力を使える涼花さんだ。
龍の姿に戻ったハープちゃんの背中に涼花さんが乗って空を飛ぶ。
「眷属憑依――『エルー、手を離すなよ』」
「はい。リン様、そちらは任せました」
「うん、任せて!」
僕たち魔法使いは炎の巨鳥の姿になった朱雀の上に乗り、少数精鋭の第二撃の役割。
なるべく人数を減らすのは勿論事故防止だ。
動く人が多ければ多いほど、サイクロプス討伐は犠牲を出す確率が高くなる。
近接隊と弓使いは今回はお休みのため、凛ちゃん達と遠くで防衛だ。
僕たちは少し遠くからタイミングを伺う。
まずは涼花さんのターン。
「作戦通りに行く」
サイクロプスの群生地のちょうどど真ん中まで向かうと、高速で飛び回り、一匹のサイクロプスの目の裏の頭をタッチする。
『――質量特異点――』
「ゴアアアッ!?」
触れたことに遅れて気づいたのか叫んでいたが、もう遅い。
触れた瞬間、周りにいた数十体のサイクロプスの身体が一斉に宙に浮いたのだ。
これは無属性の重力魔法の中でも超上級の魔力消費の激しいもので、簡単に説明すると触れた物を新たな重力とする魔法。
しかし魔力の分だけその効果は凄まじく、ただでさえ重いサイクロプスに対してそんなことをすれば、その重力は更に強いものとなる。
涼花さんが触れた一匹のサイクロプスがこの星の新たな重力発生源となり、周囲のすべてのものがそこに向かって
僕らみたいな軽い存在なら飛べば余裕で逃げられるが、一撃を重くすることに特化した何十トンもの質量を持つサイクロプスにとっては全てが仇となり、何百、何千倍もの万有引力がかかり、全てが一匹のサイクロプスに集まっていく。
「ガアアッ!」
「ゴアアアッ!」
やがて筋肉の大きな塊が形成されていくと、涼花さんは離れたところでこの重力を回避した一匹のサイクロプスに目を付けた。
『軽量化』
「ガアアッ!?」
「そう、遠く。もっと遠くだ」
軽量化をしてサイクロプスを風船のように軽くすると目の上の肉を掴み、そのままハープちゃんが飛び上がる。
サイクロプスは目から魔法を使う関係上、その裏から攻撃すれば魔法の対象にもならず、死角となる。
掴んだサイクロプスを遥か上空で放すと、そのまま追い討ちをかけた。
「堕ちろ、『超重力』」
急にもとに戻るどころかそれ以上の重力で突き落とされると、向かうは先ほど集めたサイクロプス達が集まった肉の塊。
いくら固いと謳われたサイクロプスでも、これほどの位置エネルギーでぶつけられればまともに生きてはいられない。
ズシャアアと大きな音を立てて潰されたそれは、もはや誰がどの身体だったのかも分からず、本体である目すらもどこにあったのか分からないほどにぺしゃんこになっていた。
「さて、次はどいつだ、かかってこい!」




