第8話 勅言
――朝。
「おろろろろ……」
うう……気持ち悪い……。
吐く前の気配がなんとなく分かるようになってきた。
吐く前と吐いてる時って、自分の中ですごく負の感情ばかり浮かぶんだよね……。
なんというか、緊張で一睡もできなかった。
そのツケが回ってきたかのように、昨日の夕食が戻されてゆく。
それもこれも昨日、サクラさんが去り際に投下された爆弾のせいだ。
◆◆◆◆◆
聖女の御披露目式。
「聖女さまのご尊顔とお声を魔法でその映像を中継し、お伝えするのです。 ソラ様にはお一言、お言葉をいただくだけでございます」
ルークさんがそう言っていたけど、それってテレビ中継でお国の偉い人が会見するようなものだよね?
どうせなら、今日の朝に聞きたかったよ。
そうしたら寝不足にもならなかったし、こうして吐くこともなかっただろうに。
もう戻すものがないのに吐き気は止まらない。
だけど口の中から押し出されたのか、負の感情はだいぶ収まった。
御披露目式に何か意味はあるのかとルークさんに伺ったところ、顔を知らせるためなのだという。
聖女自身が政治を行うのは大丈夫だが、神様以外が聖女を政治利用することは禁止されている。
たとえ国王でも、それを破ることは重罪になるらしい。
怖すぎる……。
要するに御披露目式を通して、「この顔の人物は政治利用するな!」とあらかじめお触れを出しておくということなのだろう。
そう聞くとなんだか、指名手配されてるみたいじゃない?
転生して翌日に女装した姿が全世界にネット中継されるって……。
僕、この世界でやっていけるのか不安になってきたかも。
「……ふぅ。 朝からどっと疲れた……」
胃はキリキリするものの、負の感情は吐き出すことで大分収まった。
トイレから出ると、エルーちゃんが心配そうな目でこちらを見ていた。
「ごめん、起こしちゃったみたいだね……」
エルーちゃんはいつでも対応できるようにと、僕の部屋のトイレの扉の隣にある一室で寝泊りしている。
「いえ。 あの、大丈夫ですか……? ほ、本日の御披露目式はその、延期なされた方が……」
心配かけちゃっていたみたいだ。
とはいえ、延期してもやってくるものはやってくるんだから、早めに片付けておきたい。
それに、多分延期するとそれまで準備していた人達に迷惑がかかる。
それだけはしたくない。
「大丈夫、緊張するとよくなることだから。 いつもの事だし、気にしないで」
我ながら情けない話だ。おそらくエルーちゃんも幻滅しただろう。
「本当にご無理はなさらないでくださいね……? 朝食は、軽くしておくよう伝えておきますね」
「お手数かけます……」
◆◆◆◆◆
――朝食後、沢山のメイドさんに囲まれる。
御披露目式の衣装に着替えると説明を受けると、メイドさん達に1時間ほど顔やら何やらをもみくちゃにされた。
「ソラ様、出来上がりましたよ」
鏡を前にすると、見事に白いドレス姿の女の子――いや僕が出来上がっていた。
「お美しいですわ……! とてもお似合いでございます」
メイドさんに怒るのは筋違い……。
メイドさんに怒るのは筋違いだから……。
「……ありがとう、ございます」
すると終わった頃を見計らったかのようにエルーちゃんが扉を開けた。
「終わりまし……ほわぁああっ!」
うぅ……目をキラキラさせているエルーちゃんにも、流石に怒れないかな……。
「その……とてもお綺麗です!」
気を遣って少しだけ言葉を選んでくれただけよしとしよう……。
これでかわいいとか言われていたら、今日一日を乗り切る自信がなくなっていたかも。
「おはようございます、ソラ様。 とてもよくお似合いでございます」
メイドさんから準備完了の報告を受けたのか、ルークさんも現れる。
同性にそう言われるのはぞくっとするからやめていただきたい。
ま、まあお世辞は言っておかないと、ということかな……?
そうだよね?
最高権力者という肩書きがあると変に言葉の裏を気にしちゃって、人間不信になりそうだ……。
「本日述べていただくお言葉ですが、こちらで用意したものにされるか、御自身でお考えになるかどちらをご希望ですか?」
用意したものがあったんだ……。
「そういうのは昨日の晩に言ってほしかったです……」
「すみません。 ですが、出来ることなら民も聖女さまの生のお考えをお聞きしたいでしょうから……」
そう言われると何も言えない。
僕は「自分で考えたものにします」と伝えると、さわやかな笑顔が帰ってきた。
「ありがとうございます。 では、向かいましょう」
◆◆◆◆◆
聖女院は高いところから民がよく見えるように高いところにある。
3階のベランダのようなところから、民を見下ろしてお言葉を告げるらしい。
ベランダへ続く扉を開けると、ここ聖国の民が待ちわびていたかのように聖女院の周りにぎゅうぎゅうに集まっていた。
微笑んで手を振るとわぁっと歓喜の声が上がる。
まるでアイドルにでもなった気分だ。
「周りは拡声魔法で外に響くのでご注意を。 さあ、お言葉を――」
心臓がバクバクしているのは寝不足による影響なのか、単に緊張してるだけなのか、もはや分からない。
大きく深呼吸をひとついれる。
「私、奏天は……エリス様にこの世界に連れてこられたばかりで、この世界についてはまだ何も知りません」
こんなときに昨日眠れなかった眠気が回ってきた。
僕は自分の太股をつねって気合いをいれた。
「ですから皆さんが、私に……この世界について教えてください。 私はそれに対し、できる限りの恩返しをしたいと思っています」
最後に微笑むと、わあっとまた歓声が聞こえたような気がした。
役目は終わった。
僕は振り返って歩きだす。
ベランダの扉が閉まった瞬間に、緊張が解けて前に倒れ込んでしまった。
「「ソラ様っ!?」」
みんなには見えてないけど、「最後は締まらなかったなぁ」と他人事のように呟いた。
受け止めてくれたエルーちゃんの優しさに包まれながら意識が遠のいていった。
「おやすみなさい、大聖女さま――」




