第866話 酸性
「この酸は常温で気化しやすく、気体でも私達の肺や胃に穴を空けてきます」
「切りつけただけでそれが出てくると?」
「ええ。まるで風船と空気のような関係で、あの外殻に少しでも傷をつければすぐにあの酸の液が外に飛び出る仕組みになっています。その液は魔物も人間も植物も、生命ならば無差別に溶かしてしまいます」
「植物もか……だが魔物すら餌食になるのなら、黒魔道士の時のように傷をつけて他のギカント・センチピードの群れに投げればいいのでは?」
「確かに、」
「私をどんな鬼畜だと思ってるんですか、皆さんは……」
「命の想像と破壊を司る女神」
「もしかして、シルヴィアの由来って……」
シヴァじゃないし、女じゃないし、そもそも神になった覚えもないよ、僕は……。
「撒き散らされた酸は土壌の微生物すら溶かします。そしてそれだけじゃなく、その土地に残り続けるんです」
「まさか、酸性雨か?」
「はい。空気中にたまった酸は雨水と混ざった後、雨として再び地に降り注ぎます。新たに微生物が移住してきたとしても、土壌に染みる酸性雨がそれらを殺していくんです」
酸性雨自体は魔法でなんとかなるかもしれないけど、死滅してしまった土壌の微生物や虫達は帰ってこない。
そうなればたとえ邪神の軍団の力を削いだとしても、何十年と使えない土地が出来上がってしまう。
「もちろん私達にも毒となりますが、最悪回復魔法で身体の異常は治せます」
「だが植物が育たない環境が生まれてしまうと……」
「私達が呼吸をするための酸素を増やす環境がなくなってしまいます」
「水魔法が弱点というよりは、凍らせるのが体液を飛び出させないで倒す効率のよい倒しかたというだけです」
ゲームでここを通るときは水魔法の使い手であるティスを召喚して歩く必要があったから大変だった。
でも今は僕にも水魔法が使えるエルーちゃんや親衛隊の皆さんがいる。
あんなに自分一人でどうにかしようとしていた僕が、今となってはこれが最適解であるかのように感じるほどだ。
「エルーちゃん、そろそろ森を抜けるから、大丈夫だよ」
「はぁっ、はぁっ……流石に疲れました」
「お疲れ様、ありがとう。よく休んで」
ローテーションというわけではないが、魔物の弱点を突いたりする都合上、相手の弱点属性に合わせて働く人員が変わってくる。
僕としてもこのパートでは休むことができた。
本来聖女だけで来るのは無理だけど、ゲームでは詰み対策のように光属性ともう一属性を持つ聖獣を召喚することでどうにかできた。
「しかし、森を全て凍らせて……これではどちらが侵略者か分からないな」
「一旦ここで休みましょう。仮拠点を置きますよ」




