第86話 合成
今日からサクラさんの生誕祭でまたしばらく休日が続くなか、サクラさんはまだ目を覚ましていなかった。
僕は聖女院のクラフト研究室に向かっていた。
「ソラ様じゃないか。どうかした?」
「アンネさん、こんにちは……って、今日はなんだか人が多いですね」
僕は室長のアンネさんに話しかける。
白衣を着ていなければ研究職とは思えないほどアウトドアな見た目をしている、赤髪の女性だ。
「ああ。けど彼女達は、ソラ様の方が知っているんじゃないか?」
そう言って目をやると、知った顔がいくつかいた。
いつものように入り浸っているエレノア様と、それに……
「マ、マリエッタ先せ……」
なんといたのはマリエッタ先生。
思わぬ人物に、声を上げそうになってしまった。
危ない危ない。
ソラとしては初対面だから、名前を知っているのはまずい。
「ど、どうしてマリエッタ先生が……」
僕は小声でアンネさんに問いかけた。
「マリエッタとは同じ聖女学園の同期でね。クラフト研究部仲間でもあったのさ」
ど、同期!?
小人族は年齢が分かりにくいとは言うけれども、あれだけ幼くて可愛らしい見た目でアンネさんと同期なんて……。
「いや、というかそれはマリエッタ先生がここにいる理由ではないですよね……?」
「ああ、そっちか。顧問のマリエッタと同期ということもあって、たまにこうして聖女学園のクラフト研究部やそのOBを連れてきては交流しているのさ」
「なるほど……」
マリエッタ先生は担当教科もクラフト学だし、クラフト研究部の顧問も務めている。
いいOBだなと感心していると、マリエッタ先生がこちらに気付いた。
「だ、大聖女さまっ!?」
てとてとと走ってくるマリエッタ先生に癒され、僕は笑みを向ける。
「初めましてっ!聖女学園でクラフト学の講師をしておりますっ!マリエッタと申しますっ!」
「初めまして、マリエッタ先生。確か……シエラの担任もされていらっしゃるとか。いつもシエラがお世話になっております」
「とんでもないっ!シエラさんは非常に優秀な生徒さんですよっ!流石はソラ様のお弟子さんですねっ!」
僕の演技が可笑しかったのか、くっくっくと笑うエレノア様。
「エレノアさんっ、失礼ですよっ!」
「いいんだよ、マリちゃん先生。ボクとソラ様は友達だからね」
「え、えへへ……」
エレノア様にそう言ってもらえるのはとても嬉しくて、つい笑みがこぼれてしまった。
「……」
「……な、なんですか?」
「いやなに、今日もソラ様は可愛いなぁと思っただけさ」
「そんなしみじみとしないでくださいよ」
「可愛いが過ぎませんかっ?」
可愛いの権化には言われたくないよ……。
「それで?ソラ様は何の用だい?」
「ええと……折角いい素材が手に入ったので、みんなでクラフトするのは如何かなと……」
「いい素材って……嫌な予感しかしないんだが……」
にっこりと微笑んでアイテムボックスから『魔法陣の絨毯』と『魔王石』を取り出す。
「!?」
「いや、いい素材というか今この世でそれを持ってるのは今ソラ様しかいないんだよ……」
「そうなんですか?」
サクラさんとかはいくつか余りを持ってそうだと思ったけど……。
「ま、待ってくれソラ様。嫌な予感……」
僕は机の上で両手を器のようにすると、ジャラジャラと『魔王石』を取り出す。
「!?」
「まだこれ以上ありますから、遠慮せず使ってください」
「はあ、やっぱりか……」
ぎょっとする一同と呆れるエレノア様。
「なんでこんなにソラ様が強いのかと思ってはいたが、やはりそれだけシュミレーションをしていたからだったんだね……」
聖女史で習うのだが、聖女がこの世界に慣れるためにシュミレーションをしてからこちらに来るという風に言い伝えられている。
実際には似たシステムのゲームを遊んでいるだけなんだけどね……。
シュミレーションで得た物はこの世界に来た時に持っているというのも知られている。
「シュミレーションとはいえ、どれだけの魔王が犠牲になったんだろうか……」
僕ももう覚えてないな……。
「それで、ひとつはサクラさんへのプレゼントにしたいなと思っていまして……」
『魔法陣の絨毯』はアレンさん、『魔王石』はサクラさんの貢献が殆どだから、この二つで作ったものはサクラさんに渡すのが妥当だろう。
「それなら、ボク達にやらせてくれないか?」
「いいですけど……魔力は足りますか?」
『ワープ陣』のクラフトに必要な魔力は200だ。
「全員合わせれば足りるだろう?」
「……なるほど。」
僕は見本として未使用の『ワープ陣』を取り出す。
「これが見本です。ワーカーは使い慣れているエレノアさんにお願いしようかと思います」
合成クラフトが発表されてから、クラフトの完成物を想像するワーカーと、魔力を分け与えるギフターという風に役割に名前が付いた。
「まさかこんなレアアイテムの完成物を見ながら出来るなんてね……」
わらわらとエレノア様の前にみんなが集まって、エレノア様の背中に手を当てる。
「じゃあいくよ」
掛け声とともにエレノア様の手元から魔力が発せられ、やがて発行して魔法陣の描かれた絨毯の中央魔王石が埋め込まれ、『ワープ陣』ができあがる。
「で、できてしまいました……」
「聖女様しかクラフトできないと云われていたあの『ワープ陣』が……」
感慨に耽っている皆に感謝を込めて、魔力を全回復する秘薬を渡した。
「そ、そんな貴重なもの飲めるわけないじゃないかっ!」
僕はまたにっこりと笑みを浮かべて両手を器のようにすると、エレノア様が慌てる。
「や、やめたまえ!わ、分かったから!飲むから!またいっぱい出すのはやめてくれ!」
「秘薬もワープ陣も、値が付けられない程の価値なのですが……」
「金銭感覚が狂いそうだ……」
僕は出すのをやめて手を下ろす。
「ったく……とんだ大聖女ハラスメントだよ……」
大聖女ハラスメントって何さ……。
その後もいくつかみんなでワープ陣を作っていると、研究室の扉がバン!と開かれた。
「ソラ様!」
「ルークさん?どうしたんですか?血相を変えて……」
「サクラ様が、お目覚めになられました」




