第853話 部屋
「推し部屋は涼花さんとかも持っていたと思うけど、もっと可愛いものだったはずなんだけどな……」
僕もぬい部屋を持っているけど、抱き締めてもニオイを取るように毎回清浄をかけている。
涼花さんだって僕の推し部屋のようなものを涼花さんの実家の自室に持っているけれど、僕のぬいぐるみの周りに僕の好きな可愛らしい動物のぬいぐるみさん達を囲んでいるようなとても模範的なオタクだ。
それにメルヴィナお姉ちゃんですら僕のパンツ嗅ぐ時はちゃんと洗ったやつを嗅いでるんだよ?
一線を越えているようで越えていないのがメルヴィナさんの大人なところなのだろう。
変態紳士ならぬ、変態淑女だ。
「どうしてこう、私の婚約者は狂ってしまうんだろう……」
「そこに推しがいるからですよ」
マ◯リーみたいなこと言わないでほしい。
格好良い風に言っているかもしれないけど、何にも格好良くない。
流石に飾るものが健全じゃ無さすぎるよ……。
「そもそも、どうして目の前にいるのにこんな推し部屋なんて作ってるの?私に頼みたいことがあれば、直接言えばいいじゃないの!」
「わぁ、私の言動に嫉妬してくれてる……!」
僕と会話してるよね?
映像を見てるんじゃないんだよ、壁と話さないでよ。
「ねぇ、聞いてる?」
「天先輩、分かっていないですね……推し部屋は心の安寧の場。推しと同じ空気を吸っていると息が詰まってしまうから、こうして推し部屋を作ることで心に余裕を持ちながら限界化できるんですよ」
心に余裕を持ちながら限界化ってなんだ。
なんで怒ってる相手に、それも当の推し本人に饒舌に講釈を垂れているの……?
油注ぐようなことしてるって認識あるのかな……。
もしかして僕、暗に逆ギレされてる?
「凛ちゃん?まだ許したわけじゃないからね?聞いてる!?」
「は、はい、すみませ……」
ぷんすこと怒っていると、がちゃりと僕の部屋側の扉が開けられる。
「もうバレたの?」
「えっ、なんでソーニャさんも知っているの?」
「推し部屋。私も部屋にソラちゃん人形、敷き詰めた」
僕の手を頬ですりすりしてくるソーニャさん。
って今、聞き捨てならないこと言わなかった?
「ソーニャさんも推し部屋あるんですか!?」
「後宮の部屋。エルーもやってる」
「というより、皆様始められておりますよ」
空前絶後の推し部屋ブーム!?
でもあの惨状を見た後だと、もうソーニャさんが天使のように見えてしまう。
「どうして婚約者の間でも流行ってるんです?」
「リン様、布教した」
この子は、質の悪いウィルスか何かなの……?
「でも凛ちゃん以外の婚約者達にはまだ倫理観があったみたいで良かったよ……」
いや、いいのか……?
なんというか、アンカリング効果でも狙ったかのように最初が強烈すぎたから、普通の推し部屋を作っているくらいなら許容できてしまった。
「婚約者の間だけではございませんよ?」
「は……?」
「申しましたでしょう?『皆様』始められていると」
まさかと思い端末からセインターを見ると、『#推し部屋』という謎のハッシュタグが存在し、そこには巷に普及している僕の写真やグッズが飾られている部屋が写し出されていた。
皆様って、婚約者の皆様って意味じゃなかったの……?
「な、なんで……!?どうして……???」
「アヴリル様が拡散なさいました」
「……」
陽キャ特有の『良いものは進んで共有』精神が悪い方向に進んでいる気がする。
それにアヴリルさんがなんて言って拡散したのか分からないけど、なんかみんな誤解してない?
「推し部屋って、私のグッズを飾るだけじゃないでしょ」
「そうなのですか?」
「例えばサクラさんが好きなら、サクラさんのグッズで部屋を埋めたりとか、そういうことだよ。どうして私だけを飾る部屋しかないの……」
推し部屋という概念が宗教化するなんて思わず、僕はこの正しくない情報発信に頭を抱えるのだった。




