第849話 凍結
「大丈夫、エリス様。私は勝って帰ってくる」
<「ほんとう……?」>
「ええ、約束ですよ」
<「じゃ、じゃあ……約束のキスして」>
しょぼくれているお姉さん、なんだか可愛いな……。
でも、今は色々とまずい。
まず人の目が酷い。
忘れていたわけではないけれど、マーレさんとかクラスクさんとかに見られている中でキスするのは流石に僕でも気が引ける。
それにこのままキスすると、僕は麒麟とキスしてしまうことになる。
僕のことを毛嫌いしている麒麟に確認もせずにそんなことしたら、絶対に嫌われる。
「今は指切りでお預けです。続きは帰ってからしますから……ね?」
エリス様と指切りをしたら、麒麟から光が霧散していく。
どうやら憑依が解けたようだ。
<……一つ、条件があるわ>
頭の中から声がしてきた。
<何でしょうか?>
<あなたの子種を凍結しておくことよ。勿論、同伴する者達も一緒にね>
<ふふっ、エルーちゃん達と同じこと仰るんですから……>
<?>
<それなら心配ありませんよ。遠征に向かう前に取っておくつもりでしたから>
僕の分はまだしも、魔境へ同伴する僕の親衛隊の人達には事前に精子凍結や卵子凍結をしてもらっている。
極力一人も死なないための努力をしてきたつもりだけれど、それでも何が起きるか分からないのが魔境である。
要するに僕の我が儘に付き合ってもらうのだ。
だからこそたとえ両親が亡くなったとしても、凍結した精子と卵子と人工子宮さえあれば二人の子孫は遺せる。
生きて帰って来れるに越したことはないが、殉職してしまった時の補填は十分に取っておきたかった。
勿論凍結や人工子宮の長期利用は結構お高くついてしまうけれど、それも僕の助成金で全て補填している。
<ならいいわ。あなたが帰ってこなかったら、私先に孕んじゃうからね?>
世界中探しても、そんな脅し文句聞いたことないよ……。
「麒麟、私達と魔境まで一緒に来ていただけますか?」
「御母様がそう言うならまぁ構わないけど……せっかく手に入れたんだから、薬を作ってからにしたいわ」
「分かった。待ってるから、準備ができたら聖女院まで来てよ」
「仕方ないわね。でも、あくまで教皇ちゃんの為だから」
素直じゃないなぁ……。
「あと帰り道はそこの魔法陣なんだけど、後始末……任せて良い?」
この『幻影の森』のルートをなぜ僕が知っているかと言うと、ここが実は迷宮の一つだからだ。
迷宮である以上僕の十八番でもある。
そして帰り道はワープ魔法陣で入口に帰れるのでもう気にしなくて良いだろう。
正規ルートは一緒に歩いた通りなので、二回目以降はもうマーレさん達が自分達でできるようになることだろう。
でもここに来たのは麒麟の都合だから、マーレさん達に説明責任があるのは急に敵対してきた麒麟の方だろう。
「……ふざけんじゃないわよ」
麒麟はぶつくさ言いながらも彼女達に説明してくれた。




