閑話229 首飾り
【エルーシア視点】
「付いてこい」と一言仰られ、シルヴィア様はスタスタと言ってしまいました。
「こちらは任せて、早く行きなさい。シルヴィア様をお待たせしてはいけないわ」
「ありがとうございます、失礼します」
頭を下げて御厚意に甘えることにしました。
「あら、お帰りなさい。早かったわね」
「ただいま帰りました」
「邪魔する」
「シ、シルヴィア様!?」
「エルーシアの自室へ行くぞ」
「はい」
淡々と話しておられますが、こう見ても私達には冷たいものの、ソラ様に対してはアツアツのあまあまなのです。
そのギャップがなんとも素敵で、こちらまできゅんとしてしまいます。
涼花様も教皇龍様もそうですが、私の身の回りにはこういった『ギャップ萌え』が渋滞してしまっております。
自室に入ると、シルヴィア様は私の手を取りました。
瞬間、私の目の前が真っ白に包まれました。
わざわざ二人きりになる必要など、一つしかないでしょう。
そこにいらっしゃったのは、神秘的なほどに白い衣に包まれた女神様。
私が手を合わせてお祈りすると、その手に御手が触れてきたのです。
「あなたがエルリアの生まれ変わりで、本当によかったわ」
ああ、またこうして我が主神の御手を取れる日が来るなんて……。
聖女様ですらない私がこの神の御座す天庭に来れるのも、私が水の天使エルリア様の生まれ変わりと言われているからだそうです。
天使だった頃の記憶があるわけではございませんが、その事実には最大限の感謝をしなければなりません。
「まずはありがとう」
「えっ」
「ソラ君をけしかけたのは、あなたの仕業でしょう?」
「い、いえ、けしかけたなど……!私は『私達が気持ちよくなるように一生懸命頑張っていらっしゃるソラ様のお姿』を見ているとこう、心を鷲掴みにされ、お腹の奥がきゅっとなるのです。同じようになされば、きっとエリス様にもお気に召すかと思いまして……」
ソラ様は虐待の反動か、家族の愛情に飢えておられます。
ですから二人きりになるとよく愛を確かめるように、沢山キスをしてくださいます。
私のご主人様は、まるでウサギさんのようにとっても寂しがり屋さんなのです。
ですがそんな可愛らしい一面も、私達女性にとっては良いことずくめ。
好きな人とのキスは多幸感に溢れるだけでなく、肌のハリが良くなりさらに美しくなると言われております。
たまに愛を確かめられすぎて暴走してしまいますが、それでも「綺麗になったね」なんて言われると、舞い上がってしまいそうになります。
「まぁ、お腹が疼く気持ちは分かるわ。私のために一生懸命なところもきゅんとしちゃうわよねぇ……」
世界中から信仰の対象となっている女神様に私の趣味が露呈してしまっているのは恥ずかしいことですが、主神と同じ気持ちで満たされているなど、光栄の極みでございます。
「邪心討伐戦、あなたも参加するのよね?」
「ソラ様の御座すところこそ、私の居場所です」
「……あなたが死ねば、ソラ君も死ぬわよ?」
「私が唯一の弱点にならないように、これまで必死で力を磨いてきたつもりです」
そこまで言うと「ソラ君に似てこういうところは頑固なんだから」と溜め息をおつきになられました。
主様と同じだなんて、これ以上ない褒め言葉でございます。
エリス様は透明なダイヤモンドの宝石のようなものが付いた首飾りを手から生み出し、私に渡してくださいました。
一見ダイヤモンドのように見えましたが、私はこの世で見たこともない宝石のようでした。
あまりにも透明すぎて、宝石があるにも関わらずそこにはないようにすら感じてしまうほどでした。
「この首飾りをあなたに託すわ。常に付けておきなさい。もしあなた自身に危機が訪れたなら、それはきっと役に立つわ」
「あ、ありがとうございます……!」
「でもこれを使わないことを祈っているわ。もし使うことになれば、私とエルーはソラ君に嫌われるかもしれないから」
その言葉が耳に響き渡ると同時に、私の視界は再び真っ白に包まれていきました――




