閑話228 罪な子
【エルーシア視点】
「期末テスト、あなたも満点を目指しなさいな」
年度末、聖徒会最後の集まりに向かっている最中、リリエラ様はそんなことを仰いました。
「リリエラ様、満点は狙ってとれるものでもございませんよ」
人間誰しも完璧にはなれません。
ソラ様はその『二度と忘れない記憶力』を、体罰を逃れるために会得なされました。
私のようにぬるま湯で育ってきた人間にとっては、ケアレスミスなど当たり前。
私も上の立場になってきて、覚えるべき事項が増えてきておりますが、何度も復唱して忘れないようにと努めております。
「ここ数日、お互いに苦手分野を教え合ってきたけれど、あなたも私と同じだけのポテンシャルはあるって分かっているわ」
「リリエラ様と同じなど、恐れ多くございます」
「自分を下げるのはもうおやめなさい。あなたも上の立場になったのでしょう?それとも、私とソラに遠慮しているのかしら?」
「…………」
図星をつかれてしまいました。
リリエラ様にも勉学への向き合い方をご教授いただき、私なりの勉強法を確立しました。
ソラ様は私達が勉学で不都合がないように、きちんとお勉強のお時間を設けてくださいます。
その上メイドの私にご寵愛までいただいているのですから、ソラ様は気遣いの鬼と言えましょう。
「もう隠居するのだから、最後くらい自分の全力を試してみなさい」
リリエラ様の仰る通り、卒業してからはソラ様が外出なさらない限りは聖女院に籠りっきりになるでしょう。
そうなれば確かに私の評判など関係なくなるかもしれません。
「エルーシア様、リリエラ様、ごきげんよう」
「ごきげんよう、皆様」
「ごきげんよう」
私が悩んでいたところ、一年生の方々が向かい側から帰路につくところに遭遇しました。
「セインター、拝見いたしました!ソラ様はお元気ですか?」
「ありがとうございます。お元気ですよ」
「次の投稿のお話はお聞きになられていらっしゃいますか?」
「ソラ様のチョコレートケーキ、私も食べてみたかったですわ……」
「ええと、その……」
二つ下の若さに押されたようでタジタジになっていたところ、リリエラ様が横から助け船を出してくださいました。
「他人を問い詰めるのが淑女のやり方ですか?ここは女の花園かもしれませんが、いつ殿方に見られているとも限りませんのよ」
淑女たるもの、常に殿方が居ると思って自分を律しなさいという一般論なのでしょうが、そこには本来居る筈のない例外への皮肉が効いておりました。
「申し訳ありません、リリエラ会長代理……」
「私達は聖女様や女神様に常に見られていることを忘れてはなりませんよ」
「そうですね」
「ご、ごきげんよう!」
「気をつけて帰りなさい」
頭を下げて走るように去っていく一年生に優しく声をかけるリリエラ様。
御本人は意識していないのでしょうが、そのギャップが飴と鞭のようで素敵なお方です。
「あなたは、帰らないの?」
「いえ、あの……」
魔法の授業で花を出したのか、土魔法で見事に花束を作り、手渡ししてくださいました。
「え、エルーシア様が昔から好きでした。ソラ様のお邪魔をするつもりは毛頭ございません。私は一番でなくとも構いませんから、そのお心を少しでも私にくださいませんか?」
よく見ると、彼女は聖メイド中等学校の後輩だったのです。
「素敵な花束をありがとうございます。ですが申し訳ございません。私の身も心も全てソラ様に捧げておりますので」
「そう、ですよね……あはは、ごめんなさい。忘れてください……」
「いいえ、決して忘れませんよ。ありがとうございます、セーナ様」
「……!」
名前を覚えられていたことに気持ちが溢れたのか、その場で声もなく泣き崩れてしまわれました。
心苦しいことですが、セーナ様がソラ様ではなく私宛てであれば、断らなければなりません。
私は涼花様や婚約者の方々のように、ソラ様が愛し愛される全てを愛すことで精一杯なのです。
「罪な子ね」
「リリエラ様が、それを仰るのですか?」
無言は美徳かもしれません、リリエラさんにとっては。
「さ、着いたわ」
聖徒会室に入ると、皆様の視線がリリエラ会長代理ではなく、全て私に向いておられました。
「あっ、エルーシアお姉様!お助けくださいまし!」
涙目のルージュ様は珍しいと思い視線の先を追うと、そこには白き天使の羽がばさりばさりと靡いておりました。
「待っていた、エルーシア」




