第847話 光子
「蔦の行進」
漆黒の球体から生え出るように極太の蔦が飛んでくる。
「――無刀・夢幻の舞、閻魔――」
一瞬の斬撃が、その斬痕が、まるで死者を裁く神のごとき形相をした尊顔が浮き出てくるようであった。
その太い蔦すらすべて粉微塵にしていた。
「麒麟様。誰かの宿敵は、誰かの大切でございます。あなた様にとっては宿敵かもしれませんが、私にとっては大切な存在です」
「なら私の大切を返しなさいよ。あなたのそれは、都合の良いことを押し付けているだけよ!」
「都合の良い事ばかり押し付けているのはどっちの方だよ……リョウさん!あの要塞、切れる?」
「魔法なら『夢幻』でどうにでもなるが、あれほど固い鉱物では流石に無理だ」
一応聞いては見たものの、やはり感覚でその回答がくるということは無理なのだろう。
まぁ世界一固い物質を刃物で切ろうというのが馬鹿げた話ではあるんだけどね。
固い岩を砕くのならハンマーとかだろう。
「ちょっ、ちょっと待っ、リョウさん!?何が起きて……」
「待て、近付くな!」
「きゃあっ!?」
マーレさんが二人を引っ張って蔦の攻撃を避けた。
あと一歩前に進んでいたら叩きつけられていた。
流石は獣人、反射神経は抜群だ。
麒麟はハープちゃんを溺愛していたから、ハープちゃんさえ出てくれば交戦することはないだろうと高をくくっていたが、そうもいかなくなってきた。
「――『眷属憑依』――」
「え……?」
「オイオイ、マジかよ……」
シルヴィは今留守にしているが、神獣一人相手に憑依するのも過剰戦力だ。
白き龍の翼翻し、生まれ変わったかのように背が伸びて胸を弾ませる。
<『――神聖なる煌めきよ、今我承りし祝福が八百万を遍く光芒たれ!――』>
手のひらをその黒い球体に向けて伸ばすと、僕の腕から巨大な魔法陣が現れ出でる。
<『――聖光震裂!――』>
聖なる光がその振動で物理的に存在する物質全てを分子レベルで分解していく。
この世の物質では定義されない最強の神体は残念ながら傷つけられなくとも、彼女の生成したアダマンタイトはこの世の物質。
つまり、分解できるものであるということだ。
「強い……」
<「少しは自らの行いを反省して、眠れ――」>
ハープちゃんが諭すように麒麟に殴打をいれようとしたところ、ゴッと鈍い音がした。
<「公平じゃないのは、どっちの方かしら?」>
<「は……?」>
僕はその事実を受け止められないでいた。
あんなに念を押して説得したことが、全て徒労に終わっていた。
僕以外に憑依を行える存在は、この世に一柱しかいない。
エリス様が、麒麟に降神憑依をしていたのだ。




