第846話 要塞
「……何時から気付いていたの?」
「シルヴィが事前に教えてくれたんです。『麒麟は教皇龍にご執心で、体臭まで覚えているほどの執着がある』と。あと、あなたが抱きついてきた時から、ハープちゃんの鳥肌が止まらなくなってしまっているんですよ」
ハープちゃんを眷属にしている以上、僕はハープちゃんそのものでもある。
憑依するし、一時期一緒に居すぎたから匂いは移っていると思うし、今僕自身も鳥肌がとまらなかった。
「ふ~ん、やっぱりあなたから匂っていたのは正しかったのね……」
あ、余計なこと言ったかも……。
「そもそも、どうしてあなたはここでこんなことをしているんですか?」
正体は早めに突き止めていたものの、何故リス獣人へ擬態をしているのかはよく分かっていなかった。
「気まぐれよ。我々神獣は暇を潰すことに工夫を凝らすのが生き甲斐だもの。それで、ここまで来てあなたは私に何を頼みに来たの?」
さっきまでの僕の中のハープちゃんを狙う目とは打って変わって、今度は僕を見定めるような目をしていた。
やっと本当の僕のことを見てくれたようにも感じた。
「戦争の話はエリス様から聞いていますか?」
「ええ、知っているわ」
「我々が少しでも安全に戦うために、封魔と絶対防御の力をお借りしたいんです」
防御面に置いて、麒麟の手を借りれるか否かは僕たちの勝敗に大きく関わってくることだ。
彼女の力を借りれるだけで僕たちの敗北は運要素以外になくなることになるからだ。
「断ったら?」
「力づくでも連れていきます」
「そもそも勝てる見込みはあるのかしら?」
「運が悪かったとしても、私の命と引き換えにすれば負けることはないと思ってます」
「お母様はそれを望まないと思うけれど、きちんと話しているの?」
「私に引く気がないことを、彼女は知っているでしょう?」
「――力づく?そもそも、あなたが私に勝てるとでも思っているのかしら?」
麒麟はリス獣人の姿を解除したのか、リスの小さな耳がなくなり、代わりに鹿……いや龍の角のようなものが生えてきた。
『――至高なる地の叡智よ、今我承りし祝福が戦乱を無に帰す要塞となれ――』
「は……?」
「なんだなんだ!?」
『――金剛要塞――』
その自慢の固さで物理はもちろん、全ての魔法すら通さないと言われているアダマンタイト。
魔法というより魔力を通さないことから元来魔法の媒体には出来ず、魔力を使って自己強化をするような我々人類にとっては発掘されても装備品にも使えやしない、意味のない物質として有名だった。
本当に魔力を全く使えない人になら刀として打てば使えるかもしれないが、その刀をアダマンタイトで打つと仮定した場合、結局アダマンタイトを溶かして打つ手段にまた朱雀のような超高度な火魔法が使える存在に頼らなければならず、まぁ普通に作るだけでも無謀なことだ。
そのアダマンタイトでできた球体は全てを通さない無敵の要塞。
生成は地中にある実際のアダマンタイトをかき集めているだけのため、土属性魔法の要素はほとんどない。
だからもちろん本来弱点であるはずの風魔法も通用しないし、たとえ高度な火魔法ですらとても長い時間超高温にさらされても溶けないので、最早何者にも突破は不可能であるといえる。
こうして絶対防御の布陣を整えてから安全なところから蔦を伸ばして戦ってくる。
相手にするだけで戦意を喪失するような絶望の存在だ。
「丁度良いわ。私ね、あなたに愛しの教皇ちゃんを寝取られて、怒りに狂っていたのよ……」
断られる想定をしていなかったので、なりふり構ってはいられなくなった。




